ホーム > 知る・学ぶ > アスリートを支えるスポーツ科学 > ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)研究員インタビュー:中村真理子(スポーツ科学・研究部 コンディショニング研究グループ)

ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)研究員インタビュー: 中村真理子(スポーツ科学・研究部 コンディショニング研究グループ)

HPSCの正門の前で撮った中村真理子さんの写真

スポーツ科学・研究部のコンディショニング研究グループに所属する中村真理子さん。運動生理学とスポーツ医学が専門で、国立スポーツ科学センター(以下、JISS)の研究員になって14年が経とうとしています。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京大会)における暑熱環境対策プロジェクトではリーダーを任され、大会で選手をサポートしました。そんな中村さんの研究について紹介します。

コンディショニング研究グループの役割

コンディショニングとは 、試合で勝つために重要な要因について、きちんと現状を把握し、望ましい状態に向けて調整していくことです。例えば、体力やスキルなどの身体要因、メンタルヘルスなどの心理要因、試合に向けて戦略・ 戦術を練るための情報要因や、競技が行われる場所の環境要因など多岐に渡ります。そのなかで、我々は主に身体要因に着目し、アスリートの体調の変化を客観的に評価するための指標の開発に取り組んでいます。評価に用いる指標のポイントは、生体を傷つけることなく(非侵襲的)、測定が簡便で、かつ得られたデータの解析からフィードバックまでが比較的短時間でできるものになります。近年は、ウェアラブルデバイスなどが手に入りやすくなったことにより、比較的簡単に測定できるようになってきました。これらの指標を使って選手のコンディションを評価して、例えば疲労のスコアが高ければどういうリカバリーをしていけばいいか、免疫機能が落ちているならどのような対策を立てればいいか等を提案し、選手のコンディショニングに役立てるよう取り組んでいます。

実験をする中村真理子さん

ものづくりから専門研究まで幅広く網羅

これまで私の携わってきた主な研究と支援について紹介します。1つ目はスポーツ庁からの受託事業であるスポーツ技術・開発事業において、リカバリーウエア等の製品開発に携わりました。2つ目は、東京大会に向けて発足した「暑熱対策研究プロジェクト」。プロジェクトメンバーと一緒に、実験室研究から実践研究、そして東京大会本番における競技団体のサポートまでを行いました。最後に、3つ目は最も長く行っている研究で、キーワードは女性アスリートのコンディショニングです。

製品開発のプロジェクトでは、長期フライトなどで起こるむくみを軽減するカーフカバーを開発しました。長時間座位姿勢を継続した際の循環動態や形態を評価し、比較研究を重ね、高機能繊維を使った製品の開発をしたものです。このカーフカバーは、締め付けのあるコンプレッションではなく、繊維そのものの特性を生かして作ったものです。このプロジェクトには、東京大会開催まで携わりました。

2つ目の暑熱対策研究プロジェクトは、東京大会開催決定後、2015年に立ち上がりました。暑熱下では特に持久性パフォーマンスが低下します。そのため、競技時間が20分を超えるような種目では注意が必要です。日本でオリンピックを開催するにあたり、特に屋外競技において高い運動パフォーマンスを発揮するためには、暑さ対策が必須でした。

暑さによる運動パフォーマンスの低下は、体内の深部体温が過度に上がりすぎるのがひとつの原因なので、体を冷やすことが重要なポイントになります。一番効果的なのは冷水浴。熱中症様の症状が観察された場合にはとにかくアイスバスに全身を浸ける、あるいは水を全身にかける等して体を冷やします。実際、屋外競技会場の救護室にはアイスバスが設置されていました。また、冷水浴は競技後の深部体温の低下や疲労回復に効果的であり、多くの競技で用いられます。一方、競技前や競技中はアイスベストを着る、冷たい飲料等を飲んで深部体温を下げるなど、競技特性や状況に応じて方法を選択していくことが大切です。暑熱対策プロジェクトでは、主に身体冷却に関する研究を行い、得られた成果を競技現場に取り入れてもらうために、暑熱対策の実践方法をガイドブックにまとめ、啓発を行っています。そして、東京大会本番ではサッカー、バスケットボール3x3、テニス、ブラインドマラソン競技の日本代表選手団を実際にサポートしました。
屋外での活動をする中村真理子さん 競技者のための暑熱対策ガイドブック
競技者のための暑熱対策ガイドブック【実践編】[PDF:3.54MB]

女性アスリートを対象とした研究は、大学時代から行っているものです。月経周期に伴う体調やパフォーマンスの変化といった視点から研究を重ねています。ここ20年ほどで、女性アスリートの健康問題の研究が増えてきましたが、まだまだ男性には追い付かないのが現状です。婦人科の医師と連携しながら、ピルの服用と運動パフォーマンスの関係や無月経(3ヶ月以上月経がない)に伴うリスクなどについて研究し、こちらもガイドブックを作成し、女性アスリートの健康維持に貢献できるように支援しています。ガイドブックは、JISSを利用する女性アスリートに配布しているだけでなく、PDFでダウンロードもできるので、選手やスポーツ指導に関わる方などに見ていただけたらと思います。

Health Management for Female Athletes Ver.3の表紙
Health Management for Female Athletes Ver.3
東大病院 女性診療科・産科女性アスリート外来HPの資材ダウンロードページよりご覧ください。

JISSの魅力はずばり「チームワーク」

大学院の修士課程を終え、大学で助手を始めた年にJISSができました。日本のトップアスリートを支援・研究する施設が日本にできたこと、大学院の先輩方が就職されていて身近な存在だったことから、いつかここで働きたいと思うようになりました。現在の仕事のやりがいは、研究の成果を選手たちに活用してもらえること。研究成果を活用してもらうための工夫や活用するための戦略をアスリートや競技団体のスタッフの皆さんと協働できることがJISSの強みだと思います。研究では失敗することも多いですが、トライアンドエラーを繰り返すからこそ成功にたどり着けるので、失敗も苦労だと思わないでいられます。

JISSの魅力は多分野の専門家がいること。選手やコーチ、競技現場が抱えている課題抽出から問題解決までのプロセスを、みんなで一緒に、いろんな人の視点から多角的に捉えて答えを出していくので、チームワークで日々業務を行えるのが魅力です。研究は突き詰めて専門的に、現場応用は広い視野をもって柔軟に。スポーツに関わる仕事はいろいろありますが、こんな仕事もあるんだと、多くの人に知ってもらえたらうれしいです。

JISSを目指す学生へのメッセージ

将来研究の仕事がしたい人は、大学院で修士号または博士号といった学位を取得することが一つの要件になります。大学院では、興味のある研究テーマや専門分野について深く学び、論文の書き方や研究を遂行する上で必要な基礎を学ぶことができるので、スポーツ科学を学ぶことのできる大学や大学院を探してみてください。一つのことを深く学ぶと、知らないことが多いことに気づき、もっと自分で色々調べてみたい!と研究意欲が湧いてくるかもしれません。

研究を円滑に進めるためには、多職種・多分野、時には海外の方々とコミュニケーションも必要です。学生時代10職種を超えるアルバイトをしましたが、自分の知らない世界がどういうルールで回っているかを学べたこと、たくさんの人と交流できたことは、いい経験になりました。学生の皆さんも学生生活、部活、アルバイトなどを楽しみながら沢山の人と出会って視野を広げ、コミュニケーションスキルを身につけてください。

最後に、自分自身の当面の目標は、コンディション評価指標や支援システムを作ることです。コンディショニング研究グループには、生理学や生化学などの研究 をしている研究員がいますので、チーム一丸で取り組んで行きたいと思います。また、JISSでは、支援で得られた課題について、研究を通して解決法を提案し、支援で活用するというサイクルを循環させることに努めています。暑熱対策プロジェクトで行った内容はその一つの例ですが、これからもそういった事例を増やしていき、私たちが取り組んでいる研究成果が少しでもアスリートの皆さんの役に立てたらいいなという思いで、これからも研究と支援を続けていきたいと思っています。

インタビューを受ける中村真理子さん

<プロフィール>
中村真理子(なかむら・まりこ)
博士(スポーツ医学)。
2022年より同スポーツ科学研究部の先任研究員を務める。
2009年からJISSの研究員となる。
筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻博士課程修了。
JISSでは球技・水辺系競技の医科学支援・研究の統括、ハイパフォーマンスサポート事業生理・生化学グループリーダー、アスリートのコンディショニングに関する研究・開発等に従事。2021年まで暑熱対策に関する研究プロジェクトのプロジェクトリーダーを務め、東京2020大会ではサッカー男子U-24日本代表チームに帯同し、暑熱対策支援に従事した。

ページトップへ