LiLi 女性アスリートサポートシステムの運用/活用による医学サポートプログラム

概要

JISSでは、平成25年度に構築した「LiLi 女性アスリートサポートシステム」(以下「LiLi」という。)を利用して、選手の月経周期による身体の変化等を把握し、専門家の立場からアドバイスを行っています。今年度は、システムの安定稼働と、特にセキュリティを考慮した改修を行い、「LiLi」を利用しアドバイスを行う専門家と選手の拡大を図ることを目的としました。

実施内容

(1)運用面
現在、「LiLi」に登録されており、継続的にアスリートが基礎体温、月経、体重、コンディション等のデータを入力、専門家がそのデータを適宜チェックしコメントのやり取り等を行っているアスリートは17名になります。
これらの選手に対しては、婦人科医だけでなく、トレーナー、栄養士、心理スタッフが情報を共有し連携を取りながら、毎日の入力されたデータをチェックし、気になる点があれば専門家からアスリートへコメントすることやアスリートからのコメントがあれば返信することなどのサポートを随時行っています。

(2)機能面
システムが日々安定稼働するようにシステムの管理を行うだけでなく、今年度は、セキュリティ面の強化として、プラットフォーム載せ替えの改修を行いました。この改修に合わせたタイミングで、アスリートと専門家の利便性を向上するような機能の追加や改修も行いました。具体的には以下の点になります。
・コメントのやり取りにおいて、コメント差出人の表示を複数の専門家に対応
・コメント送信で、コメントだけでなくファイル添付を可能にした
・自動ログインを可能にした
・新着コメントの表示方法の改善 など

得られた成果

本事業でサポートを受けているアスリートを「LiLi」に登録し、担当スタッフがサポートの一環として積極的に「LiLi」を利用したので、「LiLi」を利用する専門家も拡大し、アスリートがJISSに来られない時のフォローが可能になることによってサポートもスムーズに行えるようになりました。
また今回の改修により、以下のような評価を得ています。
・入力がしやすい(アスリート)
・ログインが自動で出来、直後にグラフ画面が表示されるので見やすい(アスリート)
・グラフなど全体的に見やすい(アスリート・専門家)
・自分宛のコメントが来たことが分かりやすい(アスリート)
・コメントにファイルを添付できるのが便利(専門家) ほか

今後の課題

「LiLi」を利用するアスリートや専門家、整形外科の項目についても利用者を拡大し、さらなるアスリートの競技力向上へつなげていく予定です。また、今回行ったシステムの基盤となっているフレームワーク載せ替え後の安定稼働の為のシステム運用が必要となってきます。より使いやすく運用しやすいシステムへの知見を得るために、外部機関でも同様に利用できるよう体制等を整備し、さらに利用者を拡大することが課題となります。

成長期における医・科学サポートプログラム

概要

個別サポートプログラムでは、女性ジュニアアスリート(9歳~18歳)のうち、オリンピック種目のNFから推薦があった16名に対して、申請内容等を支援部会で検討し、支援対象者が決定しました。運動器メディカルチェック、トレーニング、栄養、心理、各分野間で連携を取りながら、サポートを総合的かつ継続的に実施しました。

【各プログラムの概要】
  1. 個別サポートプログラム
  2. 集団サポートプログラム
  3. 女性ジュニアアスリート指導者講習会

1. 個別サポートプログラム

実施内容

支援対象者16名
指導者、保護者に対し、現在の状況や希望する支援内容等のヒアリングを実施しました。

カテゴリー 競技系 人数
【全分野
運動器メディカルチェック/
トレーニング/心理/栄養
氷上系 3
【3分野
運動器メディカルチェック/
トレーニング/心理
記録系 3
3分野
トレーニング/心理/栄養
氷上系 3
格闘技系 1
雪上系 1
2分野】
トレーニング/心理
記録系 1
2分野】
トレーニング/栄養
氷上系 1
2分野】
栄養/心理
標的系 1
栄養 標的系 2

(1)運動器メディカルチェック
トレーニングに支障をきたすような運動器の問題はないか、トレーニングを行う上で注意すべきポイントは何かを確認した結果、トレーニングで解決できる問題が抽出できました。整形外科医より抽出された問題についてトレーニング指導員へ申し送りを行い、トレーニング計画に活かせるように連携を取りました。

(2)トレーニング
運動器メディカルチェックの内容を考慮したトレーニングプログラムを作成し、サポートを実施しました。
ヒアリングでは主に、今後の試合スケジュール、普段の練習スケジュール・内容、トレーニング実施歴・内容、今シーズンの目標及びトレーニングに対する要望を聞きました。平成28年度から継続のアスリートには平成28年度の反省点やより良いトレーニングサポート実施の為の意見を聞きながらサポートを実施しました。

(3)栄養
このプログラムでの栄養サポートはアスリートにとって必要なエネルギー・栄養素を摂取できる知識、適正な食習慣を身につけることで競技力向上と正常な発育発達を促すことを目的としました。また、アスリートだけではなく家庭生活での食事準備を担う保護者へのサポートを実施しました。
個別栄養サポートの実施は以下の流れで行いました。(対象: 支援対象者・保護者)
①ヒアリング(現状把握、要望確認、問題点の抽出)
②1回目(食事調査・身体組成測定)
③2回目(栄養サポート計画立案、食事調査結果報告、アスリートのための栄養教育)
④3回目以降(身体組成測定、栄養カウンセリング、食事選択実習)

栄養サポートは他分野と連携を行いながら、支援対象者の食事摂取状況や栄養・食事に対する理解度に合わせてアドバイスし、食事選択実習も行いました。

(4)心理
心理サポート(心理カウンセリング、メンタルトレーニング)は面接の枠組み(決められた場所、時間、頻度)を大切にしながら、以下の手順で実施しました。
①ヒアリングの実施(サポートに対する要望の聴取と確認)
②インテーク面接(支援対象者が抱えている問題(主訴)の把握と、それに対してどのようなサポートを行ったらよいか見通しを立てるための最初の面接)
③心理アセスメント(心理的競技能力診断検査、風景構成法を、面接開始の早い段階で実施。年度途中より箱庭を面接室に導入、継続面接の中で自己理解を深める一つの手段として活用)
④サポート担当者の決定
⑤サポートの実施と振り返り

得られた成果

(1)トレーニングサポート
平成28年度から継続のアスリートは高校生や大学生が多く、平成28年度に得たトレーニングの知識、方法をセルフトレーニングに活かしている様子でした。そのため、継続でサポートできた選手は、基礎筋力が向上しプログラムの内容がレベルアップしました。また、競技とトレーニングの結びつきを理解している発言も多くなっていたと感じました。平成28年度同様、日ごろからトレーニング習慣がなくトレーニング経験が浅いアスリートも多くいましたが、その中でも日ごろセルフで継続可能なウォーミングアップのプログラム等を地道に実施してきたアスリートは、柔軟性、可動性の向上につながりました。サポートでの筋力強化プログラムがスムーズに進み、競技成績が向上したアスリートが数名いました。トレーニング経験が少ない分トレーニングを積むことで感覚の変化も大きく感じている様子でした。

(2)栄養サポート
期分けに応じた食事管理、環境の変化に合わせた食事管理ができるよう、基礎知識の定着、その知識を活かした応用力を身につけられることを目的に、面談や食事選択実習を実施しました。サポート頻度の多かったアスリートは体組成の変化と食事内容の変化を感じることができ、食事管理のモチベーションも高くなりましたが、サポート頻度の回数が少なかったアスリートは知識の定着は一部できたが応用力を身につけるまでは至りませんでした。断片的な知識しかないアスリートが多く、体系的な栄養の知識を提供することで、成長期女性アスリートにとって、体の変化や競技特性、環境の変化を踏まえた適切な栄養についての知識を与えられる機会となりました。

(3)心理サポート
試合の振り返りや試合前の気持ちの準備、練習環境、指導者及びライバルとの関係、進路について家族との関わり方をテーマとして扱いました。
心理面接を通して、アスリート本人が自分自身を振り返り、向き合うことで、自分が抱いていた思いや考えを整理する時間となり、その結果競技に目的意識を持って取り組めるようになり、落ち着いた気持ちで臨むことができるようになっていました。
メンタルトレーニングに取り組んだことのないアスリートにとっては、それほど意識せずにやってきた競技への取り組みを視覚化することにより、自身の課題が明確になることもありました。成長過程のアスリートにとって、今後競技生活を続けていく中で必要なときに心理サポートという支援があることを伝えていくことができました。

今後の課題

各分野の専門スタッフ間で連携を取りながらサポートを実施していましたが、今後サポートする上で、競技団体の担当者やコーチ、保護者と定期的に情報共有ができるような体制を作る必要があると考えます。

2. 集団サポートプログラム

実施内容

集団サポートプログラムでは、女性アスリートの成長期における心身の変化に対し、アスリート自身、保護者、スタッフ等が柔軟かつ継続的に対応できるような知識を提供し、アスリートの充実した競技生活へ繋げることを目的として実施しました。
平成29年度は、集団サポートの対象団体をNFへ広く呼びかけ、対象団体を選定しました。成長期女性アスリートのみで構成されるオリンピック競技種目のチーム又は団体、同年代の全国大会レベルのチーム又は団体といった条件を全て満たし、NFから推薦のあった球技系3団体を支援対象としました。

(1)講習会の開催
講習会では選手及び指導者等に知識を習得させること、得られた知識を各所属チームに戻り、主体的に活用することを目的としました。各講習会概要は下記の通りです。

時 期 場所 対象 人数 講義プログラム
1 9月 愛媛 アスリート、保護者、指導者、関係者 34 婦人科、トレーニング、栄養、心理
2 11月 愛媛 アスリート、保護者、指導者 52 婦人科、栄養
3 11月 東京 アスリート、指導者 53 婦人科
4 1月 長崎 アスリート、保護者、指導者 43 女性スポーツ全般
5 3月 兵庫 アスリート、指導者 21 心理

(2)トレーニング
課題に対するトレーニングプログラムの作成、トレーニングの実践指導、トレーニングに関するアスリートへの講義、スタッフとのディスカッション等を実施しました。

(3)心理
自分について考え、感じ、知ることで自己理解を深め、主体的に物事に取り組めるよう、アンケート調査や心理検査の実施、全アスリートとの個別面談、講義といったサポートを、地域連携を進める形で、地域の医師・臨床心理士・精神科認定看護師・精神保健福祉士等と協力して行いました。

(4)栄養
栄養に関する基礎知識の定着と応用力を身につけることを目的に講義、グループワーク、実習、知識チェックテストを定期的に実施し、実践できる知識の定着を目的にサポートを行いました。サポートが継続できるよう、地域の管理栄養士と共に講義の目的・構成・実施を行いました。

得られた成果

(1)講習会の開催
講義内容の要望として、女性アスリートの三主徴、婦人科疾患、月経周期、基礎体温の付け方、無月経と疲労骨折、怪我の予防、栄養での実践力、睡眠状況の改善に向けた取組み等が挙げられました。講義終了後に個別に質問できる時間を設定し、積極的に質問がなされていました。親子講習会では父親の参加もあり、保護者にとっても意義のある機会となり、女性特有の課題について両親で取り組めるような家庭教育の機会が創出できました。

(2)トレーニング
課題に対するトレーニングプログラムをスタッフとのディスカッションを重ねながら、対象団体の競技環境に合わせた形で作成できました。また、トレーニングプログラムを介入してからのフィジカルテストの記録が向上しました。

(3)心理
アンケート調査や全アスリート個別面接を複数回実施することにより、身体的・精神的健康状態、競技・学校・自宅等の生活で感じる様々な困り事、相談できる場所としての心理サポートのニーズ等について、経過を把握でき、また指導者等と情報共有することで、アスリートの心理状態や関わり方等について協議することができました。全ての活動を地域スタッフと確認しながら協働できたことは、今後、地域が中心となる活動への足がかりとなりました。

(4)栄養
調理実習、グループワーク及び宿題を通して、知識だけでなく実践力を身につけることができました。また時期に合わせた講義を行うことで、身体づくり、競技のための食事とアスリートの理解、意欲を深めるきっかけとなりました。地域の管理栄養士やスタッフとの連携は、アスリートの課題解決と保護者へ向けた情報提供の仕組みづくりとなり、今後も地域スタッフで栄養サポートを実施できるプログラムとなりました。

今後の課題

講習会では「複数回受講してより深く理解がすすんだ」といった意見を伺い、アスリートや保護者に対する指導の積み重ねが重要となり、講習会の継続性が課題として挙げられました。各分野のサポートでは、スタッフとディスカッションを重ね、対象団体の状況を十分に考慮したプログラム内容となるよう柔軟な対応が求められました。今後も全員に対する個別の評価、年間プログラムの一貫としたスケジューリング、講習会や保護者への啓蒙活動で知識や情報の提供を行っていく必要性があります。また、長期でサポートを継続した場合の変化を追えるよう、地域スタッフでのサポート体制の構築・継続が必須でした。2年間通して集団サポートプログラムを実施しましたが、サポート実績回数が限られ、講習会における講師派遣が妥当であり、今後実施する際の留意点が整理できました。

3. 女性ジュニアアスリート指導者講習会

実施内容

JISSでは成長期の医・科学的課題の解決に向け、成長期に起こりやすい各種障害についての理解を深めると共に、障害防止の一助とし、より効果的なサポート活動の実現を目的として、女性ジュニアアスリート指導者講習会を開催しています。9歳~18歳位の女性ジュニアアスリートに関わる指導者、スタッフ及び関係者を対象として、小児科、栄養、婦人科、コンディショニング、心理、外傷・障害、トレーニング等の講座を実施しています。平成29年度はスポーツ庁からの依頼により、広く地方の指導者へ知識を浸透させるという目的を着実に達成するために、例年の東京開催に加えて地方へも赴き、講義を行いました。実施した講習会は下記の通りです。

時期 場所 人数
第1回 7月 北海道 35名
第2回 9月 福 岡 23名
第3回 10月 広 島 27名
第4回 10月 宮 城 19名
第5回 12月 東 京 1日目 111名
2日目 103名
第6回 2月 東 京 1日目 36名
2日目 39名

得られた成果

アンケートでは「具体的な症例を多く挙げていただきわかりやすかった」「新しい知識を得ることができた」「今後の指導現場の参考にしたい」「保護者との協力方法、アスリート自身にも考えさせる必要性があることがわかった」「講座にそれぞれ関連性があった」等のコメントをいただき、参加者には概ね満足していただけました。また、質疑応答時や講義後の休憩時間に参加者から講師へ積極的な質問があり、活発な意見交換ができました。巡回サポートでは連携に関する内容やグループワークを行い、東京会場では栄養や心理講義に連携の内容を取り入れ、1事例に対し包括的に行ったサポートの取組が紹介できました。
JISSホームページからダウンロード可能な「成長期女性アスリート指導者のためのハンドブック」と平成27年6月に実施した指導者講習会の「ストリーミング配信」を必ず確認してから受講するよう開催要項等の備考欄や参加確定メール等に記載した結果、昨年度よりページビュー数が大幅に増えました。殆どの参加者が「ハンドブックやストリーミング配信を以前から知っていた、もしくは今回の講習会で知った」とアンケートでの回答を得ました。

今後の課題

第5回で定員を超える多数の申込みを頂いたため、第6回を追加で開催しました。今後も普及方策については、引き続き検討が必要となります。事後アンケートでは、講義内容、会場案内や時間設定、資料提供の工夫等、講習会を企画する段階で考慮すべき点が挙げられました。

妊娠期、産前・産後期、子育て期におけるトレーニングプログラム

【各プログラムの概要】

  1. 事例調査
  2. 妊娠期等トレーニングサポートプログラム
  3. 子育て期におけるトレーニングサポートプログラム(育児サポート)

1.事例調査

実施内容

出産を経験した女性アスリート(引退したアスリートを含む)が妊娠中及び出産後に実施していたトレーニング内容、身体の変化、必要性を感じたサポート内容等の情報を収集するためにインタビュー形式による聞き取り調査を実施しました。

調査内容

・妊娠前のトレーニング実施状況
・妊娠中の身体状況、トレーニング実施状況
・出産時の状況
・出産後の身体状況、トレーニング実施状況
・出産後の活動状況
・その他(所感等)

結果

パラアスリート1名にご協力いただきました。

得られた成果

パラリンピアンの出産後の競技復帰に対する体験談を伺うことができました。

今後の課題

今後も事例調査を継続して集めることが必要となり、様々な事例を集めて報告することで、オリンピアンだけでなくパラリンピアンにも産後の競技復帰をイメージすることができる材料になると考えます。

参考

これまでに得られた調査内容をまとめた 事例調査集を掲載していますので、参考としてご覧ください。

2.妊娠期等トレーニングサポートプログラム

実施内容

出産後、競技に復帰し、国際大会を目指す女性アスリートのうち、NFから推薦のあった選手に対して、トレーニング分野におけるサポートを中心に、栄養・心理サポートも実施しました。概要は以下のとおりです。

1.妊娠期におけるトレーニング・栄養・心理サポート :2名
2.妊娠期・産後期におけるトレーニング・栄養・心理サポート :3名
3.産後期におけるトレーニングサポート :1名

妊娠期におけるサポート

(1)トレーニング
過去の妊娠期トレーニングサポートを行った事例をもとに、「母体・胎児共に健康で安全な妊娠期間及び分娩を終えること」をトレーニング目的としました。母子共に健康で安全な妊娠期間及び分娩を終えることでディトレーニング期間を短縮し、出産後スムーズに練習及びトレーニングを再開できると考えます。このトレーニング目的を達成するために、「妊娠期特有の身体的課題の改善」「筋機能低下の抑止」の2点をトレーニング目標としました。
トレーニングを実施するにあたり、安全管理としてまずアスリートの産科主治医にトレーニング実施の許可を得ました。その後JISS産婦人科医がいる場合はトレーニング前後に経膣・経腹エコーで子宮頸管長や胎児心拍数を確認しました。
トレーニング内容としては非妊時に実施していたエクササイズを加味し、スクワットやデッドリフト、プレス等ベーシックな多関節エクササイズを、強度を落として実施しました。その他、妊娠に伴う身体変化によって起こる不定愁訴の予防として、骨盤底筋群エクササイズや脊柱の可動性を出すエクササイズを実施しました。

(2)栄養
妊娠期特有の栄養摂取について知識のあるアスリートは少なく、また妊娠期にトレーニング量が減少することにより体組成の変化があります。現在の食事状況の調査・評価を行い妊娠中の体重管理の目安、妊娠期特有の栄養摂取の知識、産後・授乳期の体調・体組成の変化等を踏まえた食事管理についての情報提供を中心に、体調の把握、食事選択実習を行いながら面談を実施しました。

(3)心理
女性にとって妊娠は、身体だけでなく心にも大きな変化をもたらします。身体的コンディションが思うようにコントロールできないために、精神的にも不安定になることがあります。生まれてくる赤ちゃんへの期待と同時に不安や心配を募らせることも少なくありません。一般就労している妊婦の職場環境が整ってきているといっても、女性アスリートが妊娠・出産を経て競技復帰を成し遂げる環境は必ずしも整備されているとは言えません。妊娠と競技とを両立させていくために、周囲の理解も含め身体的・環境的にも可能なのか模索しなければならない状況が続きます。一人ひとりの競技環境を配慮しつつ、競技を続けながらの妊娠・子育て支援に関する情報提供を行いながら心理サポートを実施しました。

産後期におけるサポート

(1)トレーニング
約10か月間の妊娠期間と分娩により母体には大きな身体変化が起こり、出産後は様々なトラブルが生じる恐れがあります。腰痛、骨盤帯痛、恥骨部痛、尿失禁などのトラブルは競技復帰を目指すにあたって予防・改善しなければならない問題です。このような身体トラブルがある状態でトレーニングを進めていくことは非常に危険であり、競技復帰の遅延を招きかねません。そこでまずは「練習及び身体鍛錬的トレーニング(強化を目的としたウェイトトレーニング)を実施できる身体をつくること」をトレーニング目的としました。目的を達成するためにはまず、産後の身体状況の把握をすることが必要となります。産科主治医よりトレーニング開始の許可を得た後、JISS整形外科医による診察及び理学療法士による身体機能評価を行いました。
評価は産後1か月~3か月、6か月に行いました。理学療法士が評価した内容をトレーニングに変換し、1か月後に理学療法士に評価をしてもらい、再度トレーニングに変換するという手順を踏みました。
最初の評価では全アスリートに腹直筋離開が見受けられました。また各筋の筋力低下はもちろん、骨盤底筋群・体幹深層筋群の収縮力低下、股関節周囲筋の弱化も共通して見受けられました。評価内容を踏まえた上で、「腹直筋離解の改善」「全身の筋機能改善/向上」の2点をトレーニング目標としました。

(2)栄養
産後・授乳期・産後の競技復帰を目的とした栄養摂取についての知識を持っているアスリートは少ないです。また競技復帰に向けた体組成の変化と共に、育児・授乳をしながら食事を調整・管理していくことが難しいです。そこで、食事調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態・骨密度の把握を1か月・3か月・6か月の各段階で行いながら、産後の競技復帰にむけた食事管理の方法の情報提供を行いました。

(3)心理
産後、女性アスリートが子育てをしながら競技復帰を目指していくうえで生じる心理的プロセスを明らかにしていくために、1か月・3か月・6か月の各段階で質問紙調査、投影法調査を含む面接を行い、各段階でご自身について振り返っていただく時間を設けました。

得られた成果

出産後トレーニングの進捗方法の把握、産後アスリートの競技復帰にむけた栄養サポート項目の把握、産後アスリートに必要な心理サポートの知見を得ることができました。

今後の課題

妊娠中及び出産後の身体変化は様々であり個体差も大きく、トレーニングでは今後様々なデータを蓄積していくことで、妊婦及び産婦の傾向を把握し、評価方法及びエクササイズを定量化することが出来れば良いと考えます。栄養においても、今後、支援対象者が増加し、必要な時期に必要な栄養情報の提供と競技復帰にむけたトレーニング内容・目的・体組成・食事状況・授乳状況を把握し、妊娠・産後期アスリートの競技復帰にむけた栄養サポートの体系化を目指します。心理的にも産後アスリートは再構築が求められますが、一般化するために、より多くの産後アスリートに対する調査の積み重ね、更に競技復帰に向けた心理プロセスの明確化が今後の課題となります。

3.子育て期におけるトレーニングサポートプログラム(育児サポート)

目的・背景

育児サポートプログラムは、子育てを行いながらトップアスリートとして競技を継続できるよう、アスリートの競技環境を整備することを目的としています。
休日練習、大会、合宿での遠征等は、普段の保育園では対応できない場合が多く、また合宿会場や大会会場でも、託児室の設置といった施設環境が整っていないといった現状があり、このような課題解決へのアプローチとして、JISSでは育児サポートにおいて育児にかかる経費の一部を負担することとしました。 

実施概要

(1)育児サポート支援対象者
平成29年度は支援対象者を8名とし、うち4名に対し育児サポートを実施しました。支援対象者は以下のとおりです。
支援対象者 競技種目 子どもの年齢
8名(3名) 夏季:2名(3名)
冬季:3名           
1ヶ月~7歳

※( )内の数字はパラリンピック競技種目の選手数

(2)育児サポート対象経費

■育児サポート協力者(以下「協力者」という。)に育児サポートを依頼する。
■一時保育やシッター派遣サービスといった民間又は公的なサービスを利用する。

上記のとおり、育児サポートの形態を大きく2つに分類し、育児サポート対象となる経費を整理しています。また、経費の対象を定める際は、長期遠征、休日練習及び競技大会といった、普段の保育園等では対応できないような、アスリート特有の状況下で発生する経費であることを基準とし、普段通園する保育園の経費や、選手の休暇時に協力者に育児サポートを依頼する場合の謝金等は対象外としています。詳しくは以下の資料をご覧ください。

育児サポートプログラムの実施手順について PDF(431KB)


(3)育児サポート事例

平成29年度実施した育児サポートの実績については以下の表とおりです。民間や公的なサービスを利用したケースは1件もありませんでした。
なお、協力者については支援対象者の推薦をもとに決定し、平成29年度は協力者8名のうち2名が支援対象者の親族、6名が支援対象者の知人でした。

形態 大会等会場 協力者・利用
サービス
育児サポート場所 支援対象者数 件数
協力者に依頼 国内 親戚・知人 大会会場、支援対象者宿泊先等 2名 3件
知人 協力者宅 1名 6件
親戚・知人 支援対象者宅 0名 0件
国外 親戚・知人 大会会場、支援対象者宿泊先等 1名 2件
親族
(第3親等以上)
協力者宅 1名 1件
知人 協力者宅 1名 5件
民間や公的なサービスを利用 国内 シッター派遣サービス 支援対象者宿泊先 0名 0件
国外 保育園の一時保育 保育園 0名 0件

育児サポート総件数:17件
※「支援対象者数」はサポート実績のあった支援対象者4名のうち、該当する形態のサポートを実施した人数を示す。
※「件数」はサポートの延べ日数ではなく、支援対象者からの申請件数をもとにカウント
(例:全日本選手権中の5日間、育児サポートを実施した場合は1件の活動としてカウント)

得られた成果

(1)支援対象者からの評価
支援対象者のアンケート結果から、「金銭的な負担が減り、安心感も増した」、「チームやNF主催の合宿や大会等にすべて参加できるようになった」といった評価を受けています。

(2)大会及び強化合宿での育児サポート利用
各支援対象者は大会及び長期に亘る海外遠征時で、本育児サポートを利用しました。支援対象者の中には、自宅を離れる必要のある大会はすべて本育児サポートを利用しました。 


女性アスリートのネットワーク支援プログラム(Mama Athletes Network)

概要

女性アスリートの妊娠・出産・子育てと競技生活との両立について理解を深め情報を共有するために、平成26年度より、ママアスリートの情報共有をサポートするためのネットワーク「Mama Athletes Network」(以下「MAN」という。)を立ち上げ、活動を開始しました。

実施内容

平成29年度は、MANの活動内容等を検討、決定するためのママアスリート数名でワーキンググループを作り、ワークショップの開催やWEBサイトで情報発信を行いました。

Mama Athletes Network(MAN)の活動報告は下記から

今後の課題

ワーキンググループのメンバーを増やし、ワーキンググループを中心に情報を発信していく必要があると考えています。ネットワークを整備し、情報発信やママアスリートに関する相談をいつでも受け入れられる状態にする必要があり、ママアスリートに関わる家族やスタッフ、ママコーチ等の関わり方も検討していきたいと思います。

女性アスリート専用電話相談窓口の拡充

概要

平成24年7月からJISSメディカルセンタースポーツクリニック内に設置されている女性アスリート専用電話相談窓口(以下「既存窓口」という。)では、JOC強化指定選手及びJOC加盟強化対象選手に対し、必要に応じてJISSで受けられる診療や相談等のサポートを行っています。既存窓口では対応できない対象者には、JISS外部機関を案内しています。

実施内容

女性アスリート関連事業を行っている外部組織との連携をより強化するためにネットワーク会議を開催しました。既存の研究ネットワークを活かし、今後更に女性アスリートに役立つ調査研究をすすめていくための方策について検討するため、調査研究における情報共有及び今後のネットワークの在り方に関する議論を目的としました。また、研究者・現場等で女性アスリートに関する情報を共有する場として「国際女性デーカンファレンス」を開催しました。支援プログラムに関するパネルディスカッション、各調査研究受託機関内で得られた知見を現場へ還元するポスターセッション等を設定しました。更に既存窓口機能の拡充を図るために、新たな女性特有の課題として挙がってきた際に対応できるよう性分化疾患について調査しました。

得られた成果

女性アスリート関連の機関とのネットワークがより強化され、各研究・事業の知見や事業成果を競技現場への還元として情報交換や共有ができました。また女性支援パネルディスカッションでは、競技生活の中でライフプランを考え、結婚や出産を経験した選手にご登壇いただき、サポートスタッフと共に、妊娠期、産後期トレーニングや産後評価の実際、心身の再構築の過程、ジュニア期から長期的で継続的なサポートの重要性等を紹介しました。ポスターセッションでは、本事業プロジェクト及び調査研究団体の取組みが報告されました。女性特有の問題を解決するために、アスリートや指導者が直接研究者に相談できるブースを設置し、互いに議論できる場が提供できました。調査研究としての専門的な報告書及びそこで得られた知見を現場が直接活用できるような情報及び資料の提供ができ、研究者からも次の研究に繋がる情報が得られたとの感想を頂きました。

今後の課題

国内外の様々な情報を収集すると同時に、多くの競技現場に活用されるよう本事業の周知に努め、国際大会で活躍できる女性アスリートに対するサポート体制の整備を引き続き検討していきます。

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