LiLi 女性アスリートサポートシステムの運用/活用による医学サポートプログラム

概要

JISSでは、平成25年度に構築した「LiLi 女性アスリートサポートシステム」(以下「LiLi」という。)を利用して、選手の月経周期による身体の変化等を把握し、専門家の立場からアドバイスを行っています。今年度は、システムの安定稼働の継続と、さらにコンディショニング管理に必要な機能追加を行い、外部への条件を付けた許諾も含めた利用者とLiLiシステムを利用しアドバイスを行う専門家の拡大を図ることを目的としました。

実施内容

(1)運用面
現在、「LiLi」に登録されており、継続的にアスリートが基礎体温、月経、体重、コンディション等のデータを入力、専門家がそのデータを適宜チェックしコメントのやり取り等を行っているアスリートは44名になります。
これらのアスリートに対しては、婦人科医だけでなく、トレーナー、栄養士、心理スタッフが情報を共有し連携を取りながら、毎日の入力されたデータをチェックし、気になる点があれば専門家からアスリートへコメントすることやアスリートからのコメントがあれば返信することなどのサポートを随時行っています。

(2)機能面
新たに生理予測機能を追加しました。また、外部機関への条件を付けた利用許諾をし、利用要件を理解頂いた上で、環境構築や運用開始のための支援を行い、利用開始後はシステムについての評価のフィードバックを頂きました。

得られた成果

平成29年度から引き続き、特に本事業でサポートを受けているアスリートを「LiLi」に登録し、担当スタッフがサポートの一環として「LiLi」を利用したので、「LiLi」を利用する専門家が拡大し、JISSに来られない時のフォローが可能になることによってサポートもスムーズに行えました。システムを活用するアスリートも徐々に増え、複数の専門家による各アスリート個人へのきめの細かいサポート・アドバイスがしやすくなりました。さらに、生理予測機能を追加し、アスリートが個々のコンディショニングについて把握・調整しやすくなりました。

今後の課題

利用者拡大のため機能の充実と、さらに「LiLi」を利用する専門家の拡大、整形外科の項目についても利用者を拡大し、さらなるアスリートの競技力向上へつなげていく予定です。また、教育ツールとしても発展できるようジュニア世代への利用も呼び掛ける予定です。外部機関の利用については、体制等を整備し、より使いやすく運用しやすいシステムへの知見を得ることが課題となります。今後のLiLiシステム継続方法についても検討が必要です。

成長期における医・科学サポートプログラム

【各プログラムの概要】
  1. 女性ジュニアアスリート及び保護者のための講習会
  2. 女性ジュニアアスリート指導者講習会

1. 女性ジュニアアスリート及び保護者のための講習会

実施内容

本講習会は、女性アスリートの成長期における心身の変化に対し、アスリート自身、保護者、スタッフ等が柔軟にかつ継続的に対応できるような知識を提供し、アスリートの充実した競技生活へ繋げることを目的として実施しました。
平成30年度は、成長期女性アスリート(9歳~18歳程度)のみで構成される、オリンピック競技種目のチーム又は団体、同年代の全国大会レベルのチーム又は団体といった条件を全て満たし、NFから推薦のあった4チーム(団体)を対象としました。
講習会では、栄養、心理、婦人科に関する講習会を実施し、選手及び指導者等に知識を習得させること、得られた知識を各所属チームに戻り、主体的に活用することを目的としました。各講習会概要は下記の通りです。

時期 場所 対象 人数 講義プログラム
1 9月 大阪 アスリート、指導者 40 心理
2 9月 大阪 保護者、指導者 25 婦人科、心理
3 10月 大阪 アスリート、指導者 44 婦人科
4 11月 東京 アスリート、指導者 23 心理
5 11月 宮城 保護者、指導者 25 心理
6 12月 大阪 アスリート、指導者 40 心理
7 1月 大阪 保護者、指導者 39 婦人科、栄養
8 2月 群馬 アスリート、保護者、指導者 25 心理
9 3月 福島 アスリート、保護者、指導者 18 心理
10 3月 静岡 アスリート、指導者 35 婦人科
11 3月 兵庫 アスリート、指導者 15 心理
12 3月 兵庫 アスリート、指導者 23 婦人科

得られた成果

・親子講習会にて、講義内容について事前アンケートを実施し、ニーズにより応えた講義内容を組むことができ、事後アンケートにて満足度が上がりました。

・ワーク形式で行った心理講習会では、ワーク形式にすることで一人一人が積極的に参加する姿が見られました。あるチームでは、課題であった選手同士の関わり方が積極的に行われていたと指導者からも報告を受けました。

・練習会及び競技大会中での講習会実施をした団体において、選手向け心理講習会では、競技大会の「競技の振り返り」をテーマに実施しました。ジュニア選手は振り返りをする習慣がほとんどなく、振り返りがどれだけ自分のためになるのかが分かった選手が多くいました。

・婦人科講習会では、中学1・2年生は年齢的に初経がまだきていない人もいるので、基本的な内容を実施し、中学3年と高校1・2年生はほとんど月経がきている年齢なのでピルの使用方法など、基本的な内容にプラスして実施しました。年代によって月経の有無の差が出てくるので、年代にあった内容の講義を実施できたことで選手自身がより深く知識を得ることができました。

今後の課題

対象団体や各分野スタッフとディスカッションを重ね、対象団体の状況を十分に考慮したプログラム内容となるよう柔軟な対応が求められました。特にスケジュール調整は、対象団体とのコミュニケーションを良く取り余裕を持って調整をする必要があります。事後アンケートによりアスリートや保護者の関心・興味や困っていること・問題点が明確になった点については、今後講習を実施する際には組み込む必要があります。

2. 女性ジュニアアスリート指導者講習会

実施内容

JISSでは成長期の医・科学的課題の解決に向け、成長期に起こりやすい各種障害についての理解を深めると共に、障害防止の一助とし、より効果的なサポート活動の実現を目的として、平成25年度より女性ジュニアアスリート指導者講習会を開催しています。
平成27年度まで実施してきた基礎編で得た知識を、実際に現場で役立てることができるよう、平成28年度より女性ジュニアアスリートを指導する上で発生する課題や疑問等の事例や症例を提示し、その解決策を探り、指導者の理解がより深まるような意図で「応用編」を実施しました。実施した講習会は下記の通りです。

時期  場所 人数 講義プログラム
8月  東京 1日目 108名
2日目 88名 
婦人科・コンディショニング/心理
外傷・障害・トレーニング/小児科/栄養 
12月  東京 1日目 84名
2日目 79名
婦人科・コンディショニング/小児科/栄養
心理/外傷・障害・トレーニング 


得られた成果

講習会を受講する前に、JISSホームページからダウンロード可能な「成長期女性アスリート指導者のためのハンドブックと指導者講習会の「ストリーミング配信」を必ず確認してから受講するよう、参加者にお知らせしました。講習会終了後のアンケートでは、ほとんどの参加者が「ハンドブックやストリーミング配信を以前から知っていた、もしくは今回の講習会で知った」と答え、JISSの知見を得るための手段として、ハンドブックのダウンロードやストリーミング配信が概ね有効に機能していることが確認できました。また、事後アンケートから「競技現場で活かしたい。」「仲間にも共有していきたい。」等、参加した指導者の競技現場への活用や、指導者同士での共有等、知識の啓発が期待できます。

今後の課題

これまでもJISS講習会で学んだ知識を基に、NFや各団体から参加された指導者がそれぞれに見合った独自の講習会を開催し、伝達を担ってもらう必要があると呼びかけてきました。講習会終了後のアンケートでは「地方でこのような正しい知識の普及をすすめたい」「現場に持ち帰ってできることをまずやってみたい」という肯定的な答えもありましたが、一部の関係者の努力だけでは現場に定着することが困難であるといった面もアンケートに記載されていました。今後広く指導者へ知識を浸透させるという目的を着実に達成するための普及方策について引き続き検討する必要があります。


妊娠期、産前・産後期、子育て期におけるトレーニングプログラム

【各プログラムの概要】

  1. 事例調査
  2. 妊娠期等トレーニングサポートプログラム
  3. 子育て期トレーニングサポートプログラム(育児サポート・再委託)

1.事例調査

実施内容

出産を経験した女性アスリート(引退したアスリートを含む)が妊娠中及び出産後に実施していたトレーニング内容、身体の変化、必要性を感じたサポート内容等の情報を収集するためにインタビュー形式による聞き取り調査を実施しました。

調査内容

・妊娠前のトレーニング実施状況
・妊娠中の身体状況、トレーニング実施状況
・出産時の状況
・出産後の身体状況、トレーニング実施状況
・出産後の活動状況
・その他(所感等)

結果

パラアスリート2名にご協力いただきました。

得られた成果

障害がそれぞれ異なるパラアスリートの出産後の競技復帰に対する体験談を伺うことができました。

今後の課題

人それぞれ様々な障害を持っているため、周産期のサポートはより柔軟な体勢が必要となります。今後パラアスリートの周産期のサポートを実施していくことを考えた場合、どのようなサポートが必要なのか、どのようなトレーニングが有効なのか、どのような障害までは受け入れられるのか、現在のパラアスリート担当者と綿密に話し合う必要があります。

参考

これまでに得られた調査内容をまとめた 事例調査集を掲載していますので、参考としてご覧ください。

2.妊娠期等トレーニングサポートプログラム

実施内容

出産後、競技に復帰し、国際大会を目指す女性アスリートのうち、NFから推薦のあった者を支援対象者とし、トレーニング分野におけるサポートを中心に、栄養・心理サポートも実施しました。概要は以下のとおりです。

1.妊娠期におけるトレーニング・栄養・心理サポート :2名
2.産後期におけるトレーニング・栄養・心理サポート :6名

妊娠期におけるサポート

(1)アライメント
これまで実施してきた産後の機能評価と同様にマイナートラブルの有無とその状況をヒアリングし、立位姿勢、基本動作(前屈、スクワット、片脚立位など)におけるアライメント、骨盤帯の筋力・筋パフォーマンスなどを評価しました。出産によって損傷を受けやすい骨盤底筋については、解剖学的な知識を説明するとともに、筋収縮の方法を超音波画像診断装置を用いてフィードバックしました。評価結果から、問題への対処方法や筋収縮トレーニングの工夫について選手自身およびトレーニング指導員と共有し、セルフケアの方法についてもアドバイスしました。

(2)トレーニング
過去の妊娠期トレーニングサポートを行った事例をもとに、「母体・胎児共に健康で安全な妊娠期間及び分娩を終えること」をトレーニング目的としました。
母子共に健康で安全な妊娠期間及び分娩を終えることでディトレーニング期間を短縮し、出産後スムーズに練習及びトレーニングを再開できると考えました。このトレーニング目的を達成するために、「妊娠期特有の身体的課題の改善」「筋機能低下の抑止」の2点をトレーニング目標としました。
トレーニングを実施するにあたり、安全管理としてまずアスリートの産科主治医にトレーニング実施の許可を得ました。その後JISS産婦人科医がいる場合はトレーニング前後に経膣・経腹エコーで子宮頸管長や胎児心拍数を確認しました。
トレーニング内容としては非妊時に実施していたエクササイズを加味し、スクワットやデッドリフト、プレス等ベーシックな多関節エクササイズを、強度を落として実施しました。その他、妊娠に伴う身体変化によって起こる不定愁訴の予防として、骨盤底筋群エクササイズや脊柱の可動性を出すエクササイズを実施しました。トレーニング中は心拍計を付け、心拍数150bpmを超えないよう注意をしながら実施しました。

(3)心理
女性アスリートが妊娠・出産を経て競技復帰を成し遂げる環境は必ずしも整備されているとはいえません。その中で、競技復帰に向けて、妊娠と競技とを両立させていくために、注意すべき点、準備すべき点等が明らかになっておらず、選手たちは暗中模索の中、妊娠、出産を迎えています。本事業では、選手一人ひとりの面接を通して、一般的に知られている妊娠、出産、子育てに関する情報提供を行うと共に、アスリートとして、あるいは競技継続を目指すために生じる心理的な課題に対して心理サポートを実施しました。

(4)栄養
妊娠期は胎児自身や胎盤、羊水、出産に備える母体の血液増加や組織量変化に伴い体組成の変化があります。またアスリートにおいては妊娠期にトレーニング量が減少することによる体組成の変化も考慮する必要があります。しかし、妊娠期特有の栄養摂取について知識のあるアスリートは少ないのが現状です。サポートでは現在の食事摂取状況調査・評価を行い妊娠中の体重管理の目安、妊娠期特有の栄養摂取の知識、産後・授乳期の体調・体組成の変化等を踏まえた食事管理についての情報提供を中心に、体調の把握、食事選択のシュミュレーションを行いながら面談を実施しました。

産後期におけるサポート

(1)アライメント
評価時期は基本的に1か月、2か月、3か月、6か月、12か月後に設定しましたが、症状のある選手に関しては2週間ごとに評価しました。
評価内容は、出産状況や体調、マイナートラブル(腰痛、肩こり、腱鞘炎、尿失禁、恥骨痛など)のヒアリングと機能評価を行いました。機能評価の内容は、静的及び動的アライメント、股関節および骨盤帯の筋力・筋パフォーマンス、骨盤と股関節の柔軟性、腹直筋離開の評価等を行いました。妊娠・出産により伸張ストレスや会陰部の損傷を受ける骨盤底筋群に対しては、収縮と弛緩、呼吸に合わせたリラクゼーションや遠心性収縮が適切に行えているかを触診及び超音波画像診断装置を用いて確認しました。
2回目以降は、前回抽出された課題が改善されているかを評価し、トレーニングや育児による負荷増加に伴う新たな問題に対して施術や運動指導を行いました。具体的な方法はストレッチ、筋のリリース、筋収縮トレーニング、姿勢や動作の工夫等です。骨盤底筋や腹部の筋収縮に関しては、超音波画像診断装置を用いて適切に行えているかどうかを確認するとともに、選手自身にもフィードバックを行いました。評価結果から得られた問題点と、どのようにその問題を改善させるか、そして適切と考えられる負荷設定についてトレーニング指導員と情報を共有しました。

(2)トレーニング
妊娠期間と分娩による大きな身体変化に伴い、出産後の選手には腰痛や骨盤帯痛、恥骨部痛、尿失禁等が引き起こされる可能性があります。また、長期間練習及び身体鍛錬的トレーニングを実施していなかったことによる筋力低下も見受けられます。非妊時よりも筋力が低下しており、さらに身体トラブルを抱えている中で、非妊時と同様の練習・身体鍛錬的トレーニングを行う事は早期競技復帰に役立つとは考えにくく、むしろ遅延させていくのではないかと考えます。そのため、早期競技復帰を目指していく上で、まずは妊娠・出産による不定愁訴及び筋力低下を改善していく必要があります。そこで「練習及び身体鍛錬的トレーニング(強化を目的としたウェイトトレーニング)を実施できる身体をつくること」をトレーニング目的としました。
上記の目的を達成するために、産科主治医よりトレーニング開始の許可を得た後、JISS整形外科医による診察及び理学療法士による身体機能評価を行いました。診察及び身体機能評価の内容を加味し、トレーニングを実施しました。1か月後に理学療法士に評価をしてもらい、再度トレーニングに変換するという手順を踏みました。また、評価時に何らかの異常が認められた場合は、各分野と評価内容や進捗状況の共有をすることで、復帰に向けた方針を固めていきました。

(3)心理
■心理サポート
サポートを希望する選手に対して、出産後の心理サポートを実施しました。産後、変化した身体との付き合い方や産後復帰への不安等についての支援を行いました。

■出産後の心理的変容に関する調査
・支援対象者に対する産後調査
妊娠期等トレーニングサポートプログラムに参加している選手に対して調査協力を募り、産後の心理的変容についての調査を行いました。産後1か月、3か月、6か月、1年、1年6か月にインタビューを行い、妊娠前と現在の身体の違いや、経過の中での身体的変化、トレーニングを実施する上で工夫していること、今後目指していきたい身体やトレーニングがどのようなものか等について詳細に調査しました。そこでは、トレーニングや練習を行っていく上での育児状況やそこで生じる心理的葛藤についても確認しました。インタビュー調査と同時に、エジンバラ産後うつ病自己評価票、育児感情尺度、心理的競技能力診断検査、風景構成法等の心理検査も併せて実施することで、客観的指標から心理的変容を明らかにしました。

・非アスリートの産後女性との比較
上述した産後アスリートの心理的特徴が産後特有のものなのか、アスリート特有のものなのかを明らかにする目的で、非アスリートである一般女性を対象に産後1か月、3か月、6か月にインタビュー調査を行いました。比較群として位置づけるために、職場復帰の予定がある方に対象者を絞り、職場復帰に至るまでの心理的変容についてインタビュー調査を行うとともに、アスリートにも実施したエジンバラ産後うつ病自己評価票、育児感情尺度、風景構成法も実施し、多面的に心理的変容を評価しました。

(4)栄養

産後・授乳期・産後の競技復帰を目的とした栄養摂取についての知識を持っているアスリートは少ないのが現状です。また競技復帰に向けた体組成の変化と共に、育児・授乳をしながら食事を調整・管理していくことは難しいです。そこで、食事摂取状況調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態・骨密度の把握を1か月・3か月・6か月・1年の各段階で行いながら、産後の競技復帰にむけた食事管理、授乳方法の情報提供を行いました。

得られた成果

(1)アライメント
■妊娠期
出産前から姿勢や骨盤底筋に関する専門的な知識を伝えることができ、出産時及び産後の呼吸方法やリラクセーション姿勢を知り、マイナートラブルを予防・改善するための準備ができると考えました。骨盤帯の解剖の知識がない選手や骨盤底筋が活性化されると痛みが改善することが自覚できた選手もいたので、マイナートラブルの予防・対処に有効な結果となったと言えます。また、外傷後の痛みが続いている選手に対しては、問診と理学所見から受診をすすめ、医学的処置は必要がないことが確認できました。
評価結果やトレーニング内容、選手からの諸々の情報をトレーニング指導員と共有することができたので、日常生活及びトレーニングの適切な負荷設定につながっていると考えられます。
現時点では対象の選手が少なく、妊娠中・出産・産後・競技復帰と一連の流れで評価できた選手がいません。しかし妊娠中から運動機能に関するリスク管理とマイナートラブルの予防、産後早期の運動開始につながると考えられます。

■産後期
アライメントの修正や骨盤底筋の筋収縮トレーニングを行うことで産後の骨盤帯の安定性獲得につながったと考えられます。どの動作で骨盤帯の不安定性があるかも確認ができ、トレーニング可能な動作や負荷を安全に設定しやすくなったと考えています。腹直筋離開はすべての選手がごく軽度であり、深層の筋・筋膜の張力回復も良好でした。また、トレーニング指導員が腹壁の状況を確認しながら適切に負荷設定を行ってくれたこともあり、腹壁の機能の悪化した選手はいませんでした。
超音波画像で適切な筋収縮が行えているかを確認し、選手自身にも視覚的なフィードバックが行えました。マイナートラブルに対して、アライメントの修正や筋力増強、筋機能の改善、日常生活での動作の指導を行い、腰痛及び骨盤帯痛の改善や下肢関節の安定性の向上が可能になりました。また、競技特性を考慮した姿勢・動作戦略の確認と改善方法のアドバイスが実施できました。 

(2)トレーニング
■出産後に向けての追加指導
妊娠中も理学療法士による身体機能評価を実施してもらったことで、現在実施しているトレーニングについて、選手がより深い理解を得られました。 妊娠に伴いアライメントの変化に対し、新規妊婦選手2名に対し、理学療法士による身体機能評価を実施し、その中で妊娠中から自分の身体がどの様に変化していくのか、産後の身体はどうなるのか、を指導してもらいました。より細かい身体状況を知り、産後の身体変化のイメージがつくことで、自分に今必要なエクササイズは何なのか、何故このエクササイズを実施しているのか、を選手が考える良いきっかけとなりました。

■出産後トレーニングの進捗方法の把握
平成29年度と同様、出産後の身体状況を整形外科医及び理学療法士による評価を踏まえたうえでトレーニング進捗の可・不可を知ることができました。特に骨密度と授乳の兼ね合い、それに伴うトレーニング強度の調整に関して異常が見られる選手に関しては、整形外科医、理学療法士はもちろん、産婦人科医及び管理栄養士等の各分野が情報共有をし、方針を決めていくことができたことは大きな成果だと考えます。

(3)心理
■出産前・後の心理サポート
女性アスリートが妊娠を経験すると、産後の競技復帰及び育児との両立等に対する不安を抱えることが少なくありません。面接を通して、妊娠中の過ごし方、子育てに向けた準備及び競技復帰について考えることは、安心して出産の時期を迎えることにつながったと言えます。また、産後の身体の変化や産後復帰に向けた不安や焦燥感について語ることで、ご自身の競技に対する向き合い方、今後のキャリア、時に子どもとの関わり様についてなどを整理する場として、心理サポートが機能していたと言えます。

■出産後の心理的変容についての調査
出産を経験したアスリートは、骨盤を中心に大きな身体的変化を経験することで、それまでにアスリートとして構築してきた身体を失うことが示唆されました。そこから、アスリート達はその時々の自身の身体や身体感覚の変化に戸惑いながらも、それまでに築いてきたアスリートとしての取り組みを捨て、今現在の自分だからこそできる競技への取り組みを模索していました。そのような身体的な変化と、それに応じた取り組みの変化に同期して、心理的にもこれまでのアスリートとしてのアイデンティティを捨て、新たなアスリートとしてのアイデンティティを再構築している様子が確認できました。
各時期で面接調査を行うことは、その時々でアスリートが感じていることを理解することにつながったと考えられます。この知見は、産後アスリートへの心理サポートを理解する上で、大変意義深いものとなるはずです。
さらに、一般女性との比較検討を行っていますが、現段階では、アスリートと同様にそれまでの歩みを大きく変容させる必要があることが分かってきています。しかし仕事という点では、アスリートのように身体の重要性が大きくないため、身体の変化に対する気づきは少ないようであり、身体的変化をきっかけに取り組みを変化させるというプロセスではないようでした。今後、さらに調査を重ね、この点について明らかにしていきたいと考えています。 

(4)栄養
■妊娠期
現在の食事状況の調査・評価を行い、適正な体重増加の必要性、妊娠中に付加が必要な栄養素の確認、注意が必要な食品の情報提供(生もの、魚介に含まれる水銀、カフェイン、アルコール等)、妊娠各期における体調変化に応じた食事の相談、産後・授乳期の体調・体組成の変化について情報提供をしました。平成30年度の対象者はいずれも妊娠中期からのサポートでしたが、これらについて知識を得ている選手はいませんでした。妊娠各期の変化に応じた相談では妊娠中期以降つわりがおさまり食欲が増すことから食事のとり方と間食について情報提供をしました。後期においては浮腫み、便秘、貧血における食事のポイント、妊娠高血圧症候群予防のための減塩方法について情報提供をしました。いずれも選手自身の主訴をもとに不安を取り除けるような面談をすることが求められました。妊娠後期には産褥期の食事や競技復帰に向けた食事、授乳についても話し合うことができました。妊娠期全般(初期・中期・後期)のサポートとともに、産後・授乳期の体調変化、環境の変化について出産前に具体的なイメージを持つことは選手の競技復帰を後押しすることにつながると示唆されました。

■産後アスリートの骨密度モニタリングと授乳状況の把握
骨密度は授乳期間中には生理的な減少傾向にあるため、食事摂取状況調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態とあわせてモニタリングしていくことが必要です。評価の状況によっては選手の栄養状態の改善を行い、母乳育児の場合には子どもの発育・栄養状態を考慮しつつ人工乳への切り替えや卒乳をサポートすることも必要でした。授乳についてはトレーニングや競技大会出場時には長時間の母子分離が必要になる場合もあり、搾乳や人工乳との混合栄養を提案する等授乳状況の細やかな聞き取りと情報提供も不可欠でした。出産後のアスリートにとって、競技復帰とは切り離せない授乳手段の選択をサポートしていくことは産後の栄養サポートにおいて重要な役割であり、そのサポートができたことは大きな成果でした。

今後の課題

(1)アライメント
■妊娠期
胎児の成長に伴って母体への負荷は増加するため、選手の状況に臨機応変に対応できるように国内・海外の事例を確認しておく必要です。また、身体機能評価の内容や出産および産後に起こりえる身体の変化と問題およびその対処方法について選手が理解しやすいように、書面やデータを作成しておく必要があります。 現時点ではわずか数回の実施であるため明確な課題が見つかっておらず、選手自身や他のスタッフからフィードバックをもらいながら問題を抽出したいと考えています。
  
■産後期
トレーニング指導員とは密に連絡が取れていますが、他分野のスタッフとは不十分と感じるので、今後はもう少し頻回にミーティングや文書での情報共有が必要だと考えています。アスリートの特徴やアスリート特有の問題があるかどうかを非アスリートと比較が必要であり、現在も比較を継続中です。アスリート及び非アスリートの産後のスポーツへの参加に関する情報を、国内外問わず更に収集し、現在行っている内容と比較検討する必要であると考えます。

(2)トレーニング
■情報の共有
今まで支援してきた対象者の中に特別大きな異常が見られる選手がいなかったこともありますが、出産によって怪我のリスクが高まるようなケースがあった場合、各分野の評価結果をもとに方針を決めていく必要があります。もちろん異常がない場合でも、共有していくことで怪我を未然に防ぐことができるかもしれません。そのためにも各分野での定期的なミーティングが今後も必要不可欠となります。

■サポートマニュアルの作成
JISS以外でも周産期のアスリートに対してトレーニングサポートができるように、サポートの手順をまとめ、発信していくことが課題となります。現在、産後の競技復帰を目標とした周産期のアスリートに対するトレーニングサポートを実施している施設はほぼありません。年々産後に競技復帰を目指す選手のサポート数が増えていますが、関東近郊以外の選手はJISSに来館できず、サポートすることができません。そこで、妊娠中はどのような手順を踏んで、どのようなエクササイズを実施したのか、産後はまず何を行えばよいのか等、今までの知見をまとめた物を作成する必要です。そのまとめを発信していき、JISS以外でも周産期のトレーニングが実施できるようにしていくことが必要となります。

(3)心理
■非アスリートとの比較
女性アスリートが、妊娠・出産を通してアスリートとしてのアイデンティティを再構築する心理的作業が、アスリートゆえのものなのか、女性特有のものなのかについては確認ができていません。産後非アスリートとの比較検討を重ね、この点を明らかにしていく必要があります。得られた知見は、今後産後復帰を望むアスリート自身の準備、アスリートを取り巻く周囲の理解及び心理サポートの充実・発展に寄与すると考えられます。

(4)栄養
■妊娠・産後アスリートの競技復帰に向けた栄養サポートの体系化
アスリートの場合は従来の妊産婦における栄養指導に加えて競技特性の把握が必要となります。妊娠期は産婦人科医おける妊産婦検診の結果とトレーニング状況を把握し、妊娠初期・中期・後期それぞれに応じた栄養サポートを行う必要があります。産後期は食事摂取状況調査・体組成測定・授乳状況・トレーニング状況・鉄栄養状態・骨密度の把握を定期的に行い、産後半年を目処に妊娠前の体組成に近づけるようにサポートを行います。いずれも、栄養のみならず、医師、トレーニングスタッフ、心理スタッフとの連携により行われることで問題が起きた場合もスムーズに対応が可能となります。 今後、これまでのサポート事例をもとに栄養サポートの体系化を行い、妊娠・産後期サポートの充実化を図っていきます。

3.子育て期トレーニングサポートプログラム(育児サポート・再委託)

目的・背景

育児サポートプログラムは、子育てを行いながらトップアスリートとして競技を継続できるよう、アスリートの競技環境を整備することを目的としています。
これまで休日練習、大会、合宿での遠征等は、普段の保育園では対応できない場合が多く、また合宿会場や大会会場でも、託児室の設置といった施設環境が整っていないといった現状があり、このような課題解決へのアプローチとして、JISSでは育児サポートにおいて育児にかかる経費の一部を負担することといたしました。また、平成30年度は競技団体(2団体)と再委託契約を締結しました。

実施概要

競技団体の実態にあった育児サポート内容を企画してもらい再委託することで、競技団体の状況に合わせたサポートが可能になると共に競技団体が主体となって選手及びコーチの育児サポートを実施する際の課題等を明確にすることが可能となることから、公募により再委託団体を決定しました。

(1)育児サポート支援対象者

審査の上、2団体を対象としました。

(2)育児サポート対象経費

■育児サポート協力者(以下「協力者」という。)に育児サポートを依頼する。
■一時保育やシッター派遣サービスといった民間又は公的なサービスを利用する。

上記のとおり、育児サポートの形態を大きく2つに分類し、育児サポート対象となる経費を整理しています。また、経費の対象を定める際は、長期遠征、休日練習及び競技大会といった、普段の保育園等では対応できないような、アスリート特有の状況下で発生する経費であることを基準とし、普段通園する保育園の経費や、選手の休暇時に協力者に育児サポートを依頼する場合の謝金等は対象外としています。

得られた成果

練習場の育児環境整備など事業終了後も見据えて競技団体が実施したことは、再委託をしたことで、プログラムの還元及び普及につながると考えられます。また、再委託先には成果報告を年度末に行っていただきました。

今後の課題

今回の再委託はJISS、再委託団体双方にとって初めての試みでもあり、公募から契約締結までに事務手続きに時間がかかり、事業開始が予定より1~2か月遅れてしまいました。競技団体も予定していた計画をスタートできなかったものがありました。平成31年度はこちらの都合で事務手続きが遅れないよう公募時期等を見直します。
 

女性アスリートのネットワーク支援プログラム(Mama Athletes Network)

概要

女性アスリートの妊娠・出産・子育てと競技生活との両立について理解を深め情報を共有するために、平成26年度より、ママアスリートの情報共有をサポートするためのネットワーク「Mama Athletes Network」(以下「MAN」という。)を立ち上げ、活動を開始しました。

実施内容

平成30年度は、MANの今後の活動について検討、決定するためママアスリート数名で構成されるワーキンググループの会議を3回開催し、またWEBサイトで情報発信を行いました。

Mama Athletes Network(MAN)の活動報告は下記から

得られた成果

Q&A形式でママアスリートに関する情報や、出産後に競技復帰して現在東京五輪に向けて活動しているアスリートの貴重な事例をWEBサイトで情報発信ができました。

今後の課題

平成29年度から引き続きママアスリート数名で結成したワーキンググループ会議を実施しました。ワーキンググループ会議では受託事業終了後を見据えて「MANの方向性について」検討しました。ネットワークの方向性は固まりつつありますが、それをどのように継続していくのかまでは結論に至りませんでした。今後、引き続き検討する必要があります。

調査研究ネットワークの取りまとめ

実施概要

本支援プログラムを広く知見周知するために冊子「女性アスリートをどのように支援するか」を作成し、ハイパフォーマンススポーツカンファレンス2018にて配布しました。
また、JISS研究雑誌にて「調査・研究からみる女性アスリートの現状とサポート」の特集号を組み、平成30年度は8件の調査研究について論文をJISSのWEBサイトに掲載しました。次年度は冊子として発刊予定です。

得られた成果

本支援プログラムの内容や事例、知見を広く周知ができました。

今後の課題

冊子の内容が現場でより活用されるよう、さらに広く周知し、今後の普及方策について検討する必要があります。

女性アスリート相談体制の充実

概要

平成24年7月からJISSメディカルセンタースポーツクリニック内に設置されている女性アスリート専用電話相談窓口(以下「既存窓口」という。)では、JOC強化指定選手及びJOC加盟強化対象選手に対し、必要に応じてJISSで受けられる診療や相談等のサポートを行っています。既存窓口では対応できない対象者には、JISS外部機関を案内しています。

実施内容

平成30年度は、既存窓口の形態を変更し機能の拡充を図りました。具体的には、これまでJISSメディカルセンタースポーツクリニック内に設置されていた「女性アスリート電話相談窓口」を廃止し、平成30年7月よりJISSホームページ上にメールフォームでの「女性アスリート相談窓口」を開設しました。相談メールは担当看護師が確認し、JISS内の各部門担当者のコメントやJISS及び外部機関の紹介等の内容を返信しています。

得られた成果

電話相談からメール相談へ変更後の変化としては、海外滞在中の選手からの相談が複数あったことが上げられます。トップアスリートは海外遠征が多く、海外を拠点にする選手もいることから、メール相談はより多くの選手が活用できる方法であるといえます。また、電話相談の受付時間は平日の日中のみに限られていましたが、メール相談では7名が早朝や夜間、土日などの電話相談の受付時間外に利用しており、利便性が向上したと言えます。

今後の課題

本相談窓口について、対象者に更に広く周知する必要があります。周知方法を検討するために「相談窓口をどこで知りましたか」という質問をメールフォームに設けており、「NFから」と答えた人が複数いました。このことから、NFへの周知は効果的であると思われるため、引き続きNFへの働きかけを行っていくと共に、新たな周知方法を検討していきます。

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