
スポーツ科学研究部門、スポーツ情報処理技術研究室に所属する相原伸平さん。2016年に民間企業から情報処理の研究員として国立スポーツ科学センター(以下、JISS)に入職しました。2024年6月に設立されたスポーツ情報処理技術研究室の室長として、AIや映像解析、センシング技術を活用したスポーツ分野の情報処理に関する研究を牽引しています。スポーツの現場で情報処理技術はどのように活用されているのか。研究室の役割や具体的な取り組み、研究に対する考え方についてお話を聞きました。
スポーツ情報処理技術研究室とは
スポーツ情報処理技術研究室は、ハイパフォーマンススポーツに情報技術を活用し、競技力向上に資する解析手法や支援技術、システムの開発に取り組んでいます。スポーツ分野における情報技術を専門的に扱う、国内でも先駆的かつ稀有な研究チームとして、競技現場に根ざした研究を推進しています。
研究室の取り組みは多岐にわたりますが、その一つとして、選手や用具、ボールなどの動きを高精度に捉えるための、トラッキング技術に関する研究と開発を行っています。競技スポーツの要求水準は極めて高く、一般的な解析手法や既存のAI技術をそのまま適用できることはほとんどありません。競技スポーツでは、既存のAIをそのまま使うのではなく、競技特性に合わせて新しく解析技術を作る必要があります。私たちが重視しているのは、技術の高度さそのものではなく、競技現場で「信頼して使われる技術」になっているかどうかです。
リアルタイムでプレーの解析映像が確認できる
これまで約10年にわたり、さまざまな競技を対象に研究を行ってきました。初期の取り組みの一つが、バレーボール競技における解析システムの開発です。アタック動作を自動的に検出することで、打点の高さや速度といった指標を可視化でき、解析結果は大型スクリーンにほぼリアルタイムで表示されるため、選手やコーチはプレー直後に動作の特徴を確認できます。「いま何が起きているのか」をその場で共有できることが、トレーニングの質そのものを変えます。
パラスポーツでは、車いすラグビーを対象に同様の技術を応用しました。選手の移動軌跡や速度を自動で表示し、背番号認識に加えて顔認証を導入することで、選手ごとのデータを迅速に取得できるようにしています。これらのシステムは、東京2020大会に向けた事前練習でも活用されました。
一方で、HPSCのように複数台のカメラを導入できる環境は、競技会場では必ずしも再現できません。機材設置や運用体制には制約があり、同じ条件を整えることは現実的ではありません。そこで、パリ2024大会に向けて、1台のカメラだけで競技データを取得できる解析技術の開発に取り組んできました。
その一つがバドミントンです。競技団体のアナリストが固定位置から撮影している映像を活用し、選手のポジションや運動量、移動の特徴を解析するアルゴリズムを開発しました。競技現場で継続的に使われることを前提に、一般的なビデオカメラとノートPCだけで動作する解析手法を設計しました。限られた環境の中で、競技現場が求める水準にどこまで近づけられるか。その難しさと面白さこそが、スポーツ情報技術の大きなやりがいだと感じています。

現場と協業することを常に心がける
私は、データを受け取って解析するだけでなく、実際に競技現場に足を運び、自ら解析を行うことを大切にしています。現場の声を直接聞き、それを技術に落とし込むことで、初めて意味のあるシステムが生まれると考えています。競技現場には、数値化しきれない知見があります。技術だけで完結したシステムは、結果として使われなくなることも少なくありません。そのため、現場と協業しながら、感覚や動きをデータとして捉え直し、選手やコーチが活用できる形に変換することを研究・開発の中心に据えています。
その象徴的な事例がカーリングです。カーリングでは、ストーンの速度や軌道、曲がり方といった微細な挙動が勝敗を左右しますが、これまでそれらは十分に計測されてきませんでした。そこで私たちは、ストーンの挙動をデータとして捉え直し、その特性や投球スキルの違いを可視化することに取り組んでいます。競技現場に過度な負担をかけないことを前提に、スマートフォンやタブレットといった汎用的な機器を用いてストーンの動きを取得するシステムを開発しました。トップレベルの競技で使える精度を実現するためには、市販のAIモデルをそのまま使うだけでは不十分でした。そこで、約15,000個のストーンの位置を一つ一つ手作業で記録し、競技特有のデータセットを独自に構築しました。現場での検証と調整を重ねながら、技術の信頼性を高めています。カーリングに関する解析システムは、ミラノ・コルティナ2026冬季大会での活用も視野に入れています。
世界一を目指すアスリートや、それを支えるスタッフの方々と協業することには緊張感がありますが、同時に大きな刺激も受けています。競技現場と向き合う日々は、私自身にとって、情報技術を活用したスポーツ支援を世界トップ水準で実現したいという強いモチベーションに繋がっています。

技術畑からスポーツの世界へ
大学では電気・情報生命工学科を専攻し、電気工学に加えて情報学や生命科学にわたる分野を学びました。以前から、人や生物の複雑な振る舞いに強い関心があり、情報学・工学の視点からそれらを計測し、その背後にある仕組みを明らかにしたいという思いを持っていました。その後、民間企業に就職し、ヘルスケア分野におけるメディカルシステムの研究・開発に従事しました。その中でウェアラブルデバイスやセンサを用いた動作解析など、スポーツ分野の研究にも関わる機会があり、こうした経験を通じて、「人の動き」を技術で捉え、計測と解析によって理解するという研究姿勢が、自身の中で次第に明確になっていきました。
そうした中でJISSの募集を知り、自身の専門性を競技スポーツの分野で生かせるのではないかと考え、応募しました。2016年にJISSへ入職し、現在は工学・情報学の視点から競技スポーツを支える研究に携わっています。技術分野を中心に歩んできたこともあり、私はJISSでは珍しい、スポーツ科学を専門に学んできていない研究者です。
システム開発そのものは、民間企業でも行うことができます。しかし、競技現場の声を直接聞きながら技術を形にできる点に、JISSならではの価値があると感じています。一般の工学系・情報系の研究者が競技現場に継続的に関わるには、チームや競技団体、スポンサー、自治体、関連企業など、多くの関係者を介する必要があり、技術提案を実際の運用にまでつなげ続けることは、決して簡単ではありません。
一方でJISSでは、選手やコーチと日常的に対話しながら、課題設定から技術設計、検証、実装までを一貫して進めることができます。競技現場で生まれる疑問や違和感が、そのまま研究テーマに繋がっていく。こうした環境は、技術者にとって非常に貴重だと感じています。競技現場の生きた声を聞きながら研究・開発を進められることは、私にとって理想的でした。だからこそ、競技現場と情報技術を結びつける役割を担いたいと考えています。
JISSを目指す学生へのメッセージ
競技現場の生の声を聞きながら技術を開発したいと考えている人には、ぜひJISSに来てほしいと思います。競技現場に近い場所で研究・開発に取り組める環境は、決して多くありません。ハイパフォーマンススポーツの現場と研究の距離がこれほど近い環境は、国内でも貴重だと感じています。
近年、スポーツ分野においてもAIや情報技術への関心が高まり、講義や講演先などで「スポーツ情報系の研究者になるにはどうすればよいのか」と質問される機会が増えています。高度な情報学・工学の専門性を持つ研究者が必要であることはもちろんですが、それと同時に、スポーツ科学を専門としながら情報技術にも関心を持つ人材の重要性を強く感じています。実際に競技現場に入ってみると、選手やコーチの感覚、戦術的判断、競技特有の文脈など、数値化しきれない要素が競技の本質を形づくっていることに気づかされます。そのような場面で、技術とスポーツ科学の双方を理解し、両者を繋ぐ役割を果たせる人材が不可欠です。いわば、情報技術と競技現場を繋ぐ「通訳」のような存在だと考えています。
競技スポーツの高度化が進む中で、こうした橋渡し役となる人材は、今後ますます重要になります。技術を現場で生かしたい方、スポーツを情報技術によって支え、より良くしたいと考える方には、ぜひ挑戦してほしいと思います。

<プロフィール>
相原伸平(あいはら・しんぺい)
スポーツ科学研究部門 研究員/スポーツ情報処理技術研究室 室長
2014年4月から2016年9月まで民間企業の研究・開発職として勤務。
2016年10月よりHPSC/JISSの研究員として、スポーツ情報学、スポーツ工学に関する研究・開発に従事。
2024年6月よりスポーツ情報処理技術研究室の室長に就任。
※本記事は2026年1月時点のインタビューをもとに作成しています
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