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ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)研究員インタビュー:横澤俊治(スポーツ科学・研究部 バイオメカニクスグループ)

HPSCの正門の前で撮った横澤俊治さんの写真

今回ご登場いただくのは、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)にある国立スポーツ科学センター(JISS)スポーツ科学・研究部のバイオメカニクスグループに所属する横澤俊治さん。これまで主にスピードスケートの科学的支援を担当されてきました。選手の動作解析を専門とするバイオメカニクスの研究。いったいどのような支援をしているのでしょうか。専門的な研究内容をわかりやすく紹介していただきました。

バイオメカニクスに求められること

スポーツバイオメカニクスとは、アスリートの動作を物理的な原則を用いて分析する学問です。選手の動作に技術的な問題を見つけて、その改善点を探るのが役割の一つですが、私たちのグループで最初にやっていることは、各競技の勝敗がどういうことの組み合わせで決まっているかを紐解いていくこと。私はこれまでスピードスケートのサポートに関わっていました。スピードスケートは、決められた区間をいかに短い時間でゴールするかを競っている競技です。「スピード」を競っていると思われがちですが、スピードではなくタイムを競っています。いくら速く滑っても、遠回りしてタイムが遅くなったら意味がありません。実際、世界のトップ選手は何が優れているから記録がいいのか、その選手は何を改善すると結果がよくなるのかを分解した上で、動作を見ていきます。

スピードスケートのサポートに関しては、記録のよかった選手はどういうところで優れていたのかを分析する仕事が中心でした。リンクには28個のカメラが常設されていて、スタートからゴールまでの軌跡やスピードを追えます。そのシステムを開発するところからサポートが始まりました。陸上競技も1周400mですが、ストレートとカーブで動きが大きく異なることがスピードスケートの特徴の一つです。選手によって得意・不得意があり、時々刻々のスピードの変化をきちんと出すと、どこに改善点があるかが客観的にわかってきます。その後で、動作のどこを変えるか、議論する流れです。スピードスケートに関しては、バイオメカニクス以外にトレーニングや体力測定にも関わり、全体をとりまとめていました。

スピードスケートの軌跡とスピードの分析
スピードスケートの軌跡とスピードの分析

また、バイオメカニクスグループ全体の仕事として「コーチングのためのバイオメカニクス関連機器の活用ガイドライン -位置とスピードの計測器を中心に-」という冊子を作りました。昨今、スポーツ界で急速に普及している便利な測定機器をうまく活用するためのポイントが示されたものです。「誤差」と呼ばれるものには2種類あります。一つは真値に対してバラバラに散ること、もう一つは常に大きくなる/小さくなるなど同じ方向にずれることです。ストップウォッチで100m走のタイム計測をすると、電動計時に比べてタイムが速く出ます。これは、スターターの閃光を肉眼で確認してからストップウォッチを押すため、本来のスタートの瞬間よりも遅れて計測し始めるためです。バラバラの誤差は扱いにくいのですが、いつも同じ方向にずれる誤差であれば補正が効くので、その特性を理解しておけば信用できるものとして使えますよね。同様にして、昨今普及している簡便な測定機器を活用する場合にも、その値を鵜呑みにすることなく誤差や限界を認識して使用することが重要です。これらのことについて、競技団体や地域の医・科学センター、大学の方々などにも、この冊子を使って普及啓発しています。

コーチングのためのバイオメカニクス関連機器の活用ガイドライン
コーチングのためのバイオメカニクス関連機器の活用ガイドライン[PDF:4.50MB]

スポーツを頑張る経験が研究に生きる

そもそもJISSには、ひとつひとつのスポーツに関して専門家がいるわけではありません。私自身、スピードスケートの経験はありませんし、競技経験がないと研究できないというのではダメで、どんな競技の担当になってもサポートできないといけません。ただし、限界はあるので、そこは競技の専門家の声を聞きながら取り組んでいきます。各競技の原理原則やメカニズムを押さえた上で、研究分野の専門知識をもとにいろいろと応用できるということが大事です。

私は、高校のときにスポーツバイオメカニクスという分野をテレビで知り、研究者になろうと思って体育系の学部がある大学に進学しました。部活は陸上競技。強くはありませんでしたが、だからこそうまくいかなかった経験はいまの仕事に相当生きているので、何かのスポーツを一生懸命継続することが重要だと思っています。理論上は可能でも、実際はそんなに簡単じゃないんだということが身に染みてわかるので、スポーツの世界で働きたい人はスポーツを一生懸命行う経験があったほうがよいと思います。

陸上競技実験場の横澤俊治さん

研究者の「脇役」としての立ち振る舞い

我々研究者はあくまで脇役なので、立ち振る舞いの難しさがあります。たとえ興味深いことや役に立ちそうなことがわかったとしても、それをいつ誰にどのように伝えるかがとても重要であり、神経を使うところです。例えば、脂肪が少ないほうが有利な競技で、体脂肪の多い選手がいたとしましょう。「あなたは脂肪を減らしましょう」と言うことは一見正解ですが、その選手がこれまでに、減量について試行錯誤や苦労を重ねてきたかもしれません。そういうことを知らずに簡単にメッセージを伝えてしまうと、マイナスに作用することもあるのです。研究結果をどう伝えていったらいいか、そこを考えることはとても大事だし、この仕事で最も難しい部分だといえます。コーチに間に入ってもらって、相談した上でどうするべきか考えていく作業が必要です。

また、研究者は便利屋になってしまってはいけません。現場の方に測定をお願いされることがありますが、大事なのはそれを測って何が見たいのか、本当にその測定が効果的なのかをこちらで考えることです。我々が聞き出さなくてはならないのは、何が課題だと思っているのか、何を知りたくてそれを測ってほしいと言っているのか。そこが曖昧なまま始めないこと。そのやりとりをすることで、現場の方も考えるきっかけになります。要望をそのまま受け取らずに専門家として解釈することが大事で、それが課題の発見につながります。

JISSでは「研究と支援の循環」を掲げています。研究は10年という単位で時間がかかるものですが、逆に言えば10年後にうまくいく可能性があるので、地道だけど積み重ねておかねばならないものです。一方、支援のほうは10年も待ってくれません。即時的に要望に応える必要があるので、支援は早く、研究はじっくり取り組むべきだと思っています。

私は今年度からトランポリン競技の責任者になっているので、トランポリンという競技の得点がどのように構成されているのかを研究し、いろんな分野の研究者を全体的に統括して支援することが当面の目標です。また、バイオメカニクスグループに今後も優秀な研究員が入ってくると思うので、よい研究・支援ができるようにサポートしていきたいと思っています。

インタビューを受ける横澤俊治さん

<プロフィール>

横澤俊治(よこざわ・としはる)
博士(体育科学)
筑波大学大学院体育科学研究科博士課程修了。
2006年からJISSの研究員となる。
現在は同スポーツ科学・研究部の先任研究員を務める。
JISSではバイオメカニクスグループのとりまとめ、スピードスケートやトランポリン競技の科学的支援、採点競技に関する研究に従事。「コーチングのためのバイオメカニクス関連機器の活用ガイドライン」監修。学術誌Journal of High Performance Sport、体育学研究、バイオメカニクス研究の編集委員。

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