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Web杜のたより 第35号(2014.9)

-震災の経験を糧に(その1)-
『屋上にソーラー発電設備』宮城県東松島市立鳴瀬桜華小学校
 東日本大震災の津波により、東松島市立浜市小学校は、校舎が甚大な被害を受けました。この学校は、津波に襲われながらも、さまざまな機転を利かせて乗り越え、教職員と避難してきた地域住民とが協力して、学校に残った子供たち147名を守ったのでした。
 浜市小学校は、津波による校舎の損傷が激しく位置的にも危険なため、現在は、近隣にある小野小学校と統合し、鳴瀬桜華小学校に校名を変えて、みんな仲良く元気に学校生活を送っています。震災当時にどのようにして津波から子供たちを守り、どのようにして子供たちと当日の夜を学校で過ごしたのかなどを紹介します。
 また、この学校では、現在、被災した経験を生かして、停電時の備えとして屋上にソーラーパネルを設置し、屋上に避難する際に通じる鉄扉の鍵管理を工夫しているなど、参考になる取組みもしています。(その1、第35号掲載)
 現在、鳴瀬桜華小学校に勤務している渡辺孝之教諭に震災時の体験談と今後の災害に対する取組みを取材しました。(その2、第36号掲載)
 大震災発生時
 大震災が発生した3月11日午後2時46分は、5校時が終了する時刻
で、児童167名、教職員14名、学校出入り業者2名が校舎内にいました。
 地震発生時、5年生の理科の授業で理科室にいた渡辺教諭は、「机の下にもぐりなさい!」と子供たちに指示し、子供たちは、机の下に頭・体を入れ、大きな揺れの中でも、避難訓練の時のようにしっかりと机の脚をつかんで、自分の身を守りました。  
 大震災直後の行動 
 揺れが収まった後、停電のためテレビもつかない中、渡辺教諭は校庭の駐車場に止めていた自分の車に急いで走り、車内のテレビをつけ、三陸沿岸地域に大津波警報が出ていることを知りました。急いで、他の教職員や駆けつけた保護者に「津波警報が出ています、2階以上に避難を!」と大声で叫びました。
『地震があったら即、津波対策』渡辺教諭がそう考えたのは、昨年のチリ地震津波で大津波警報が出た際、浜市小学校が避難所となり、当時の校長の判断で住民を2階以上に避難させた経験があったからです。
 校長は、校庭や体育館への避難は危険と判断し、全校児童を校舎内に待機させ、さらに教室が1階だった1年生を上の階に避難させることにしました。1年生は、幼いながらも大変なことが起きていることを理解していて、担任の話を真剣に聞き、皆、無言で2階の理科室に移動しました。 
 屋上に上がる際の鉄扉の鍵が・・・
 屋上と同じ高さの音楽室に地域の避難住民を誘導しました。午後3時40分ごろに、真っ黒い波が白波を立てて校舎に向かってきました。玄関や教室の窓は簡単に壊され、1階は、あっというまに水没してしまいました。波は1階と2階の間の踊り場を越えたところで止まりました。
 
 津波は第2波、第3波の方が高い波が来ることがあるので、2階に避難をしていた5、6年生の子供たちを屋上に上げることにしましたが、屋上に通じるドアの鍵は、水没した1階の職員室に置かれていたので、迫り来る津波の恐怖の中、子どもたちは、扉の前で立ちすくんでいました。そのとき一人の児童が、「6年生の教室に合鍵があったはずだ!」と叫び、その児童の機転により鍵は見つかり、無事にドアが開き、みんな屋上に避難することができました。
 停電の中、学校内で避難 
 津波は、あと5段上がれば2階に届くというところまできました。校舎の周りは、湖のようになり、学校は完全に孤立しました。学校にいた子供たち約150人と避難してきた女性や高齢者らを合わせた約300人は、3階の音楽室に移りました。動ける男性約100人は、2階の教室や踊り場と階段に待機しました。津波が止まったところで、教諭たちはこれから必要になる飲料水とトイレの水を確保するため、水道が止まる前にペットボトル、やかん、鍋、バケツに水道水を入れられるだけ入れました。

 次に教諭たちが不安になったのは、停電のため夜になると真っ暗になってしまう、なんとか明かりがほしいということでした。そこで渡辺教諭が思いついたのが理科室にある実験用の豆電球と電池でした。豆電球の光を小さな水槽やペットボトルに入れて反射させる簡易電灯をみんなで40個ほど作り、明かりにしました。それを壁や窓ガラスに貼り、浜市小学校の職員は交代で、子供たちが不安で寝れなくなるのを防ぐため、簡易電灯を掲げて一晩中立っていました。
 
 教訓1 毛布・発電機・ラジオ・ストーブ・懐中電灯・電池等の避難物資の備蓄は、高い所に
 浜市小学校では、1階に緊急避難物資を保管する倉庫を設置する予定でした。結果的に設置する前に津波の被害にあいましたが、1階は水没してしまったので物資を保管していたとしても使えませんでした。その教訓を生かして、屋上の倉庫に物資を保管することにしました。
 屋上の倉庫入口と避難物資がたくさん入っている倉庫の中の写真
 教訓2 屋上への扉・・・鍵の保管場所 
 3年生の春に東京への修学旅行に行きました。文部科学省や復興支援に協力していただいた多くの企業や大学を手分けして回りました。震災当時の経験や「未来に笑顔を咲かせたい。」という希望を説明し、皆さんに募金のお願いをしました。 
 屋上入り口の鍵の保管庫とその内部の写真 ダイヤル合わせで普段は開かないようにしています
 教訓3 停電時の対策・・・屋上に太陽光ソーラーパネルや風力発電機の設置
 大震災時は、停電のため電気の確保が難しかった教訓を生かし、屋上にソーラーパネルを設置しています。現在の職員室の電源は、このソーラーパネルを利用しているそうです。また、グラウンドには、風力発電機を設置しました。ソーラーパネルを設置する取組みは東松島市内の複数の学校で、行っているそうです。 
 校舎屋上にあるソーラーパネルとグラウンド横に設置している風力発電機の写真
 続きは、-震災の経験を糧に(その2)-

 

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