第15回 |
自己管理能力の向上を支える栄養サポート活動 |
はじめに
コンディショニングとパフォーマンス向上のためには、競技者は各自の身体的な状況や競技特性、目的などに合わせた食事管理を実践しなくてはならない。そ れを専門的な立場から支援するため、スポーツ医学研究部に管理栄養士が配置されており、競技者に対する栄養指導・栄養教育を行うとともに、JISSレスト ラン「R3」(アールキューブ)における食事管理および栄養情報の提供を行っている。
本稿では、対象者の年齢、性別、種目特性、栄養知識レベルなどに応じてこれまでの間に実施した栄養サポートの中からいくつかの事例を紹介する。
JISSにおける栄養サポートの例
トータルスポーツクリニック(TSC)における栄養チェックでは、最近一か月間の食事状況のスクリーニングを行い、栄養面に課題があった競技者には個別 のフォローアップを実施している。また、競技団体を対象としたTSCサポートプロジェクトにおいては、ニーズに応じて以下のような栄養サポート活動を展開 している。
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写真1 |
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JISSにおけるトレーニングキャンプ中の栄養セミナー風景。料理カードやスライドなどを活用して食事のイメージをわかりやすく伝えるよう心がけている。 |
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階級制スポーツであるレスリングでは、日々の身体作りと試合前の減量に際して食事調整をしなくてはならない。そこで、選手に基礎的な栄養知識を身につけ させ、時期や目的に応じた食べ方ができるように育てたいとの競技団体の要望を受け、平成13年度~14年度のトレーニングキャンプ中に減量や身体作りなど のテーマ別栄養セミナーを行った(写真1)。個別の栄養相談は随時実施している。また、サポートにあたっては強化委員会、医科学委員会、JISSサポート 担当者の三者による合同ミーティングを開催し、情報交換を行った。
一方、JISSのプロジェクト研究「コンディション評価に関する研究」では、レスリング選手の減量開始時期から試合終了後まで連続的に身体組成の変化と栄 養摂取状況について測定・調査を実施した。その結果、試合に向けた栄養サポートを行う上で役立つ知見が得られたので、今後のサポートに活かしていきたいと 考えている。
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写真2 |
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合宿先における調理指導風景(左が管理栄養士)。簡単で栄養バランスの良いメニューを提案している。 |
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シンクロナイズドスイミングにおいては、年代・競技レベルに応じた栄養サポートを実施している。小学生からシニアまで、競技レベルと年齢階層が異なる選 手を対象として、栄養チェックとフィードバック、セミナーなどをそれぞれに対して実施した。実施にあたっては、シンクロ委員会の科学技術部の中に位置付け られている栄養サポート担当者との協力・連携を行っている。トレーニングキャンプ中のコンディション調整のため、レストランにおけるメニュー調整や補食の 提供も随時行っている。また、海外での合宿・遠征の機会が多いスキーでは、海外合宿で選手が自炊をする際に必要な栄養摂取方法や具体的な食品の知識および 最低限の調理技術について、合宿先にて実践的な調理指導を行った(写真2:SAJ16承認0246号)。
国際競技会における栄養サポート
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写真3 |
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アテネにおける食事情調査風景。店員から食品の状況などを聞き取っているところ。食材は豊富だが、ギリシャ料理は調理法や味付けに癖がある。 |
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国際競技大会における情報支援活動も実施している。第14回アジア競技大会(釜山)では、選手村に設置された情報ステーションを支援するために、 JISSに作られたバックアップ基地である東京Jプロジェクトにおいて、現地の情報スタッフおよびドクターと連携しながら栄養情報の発信を行った。出場す る選手に対して、選手村の食事メニュー(和訳)の配布、試合前の食事の取り方についての例示、各種栄養情報の発信などを行うとともに、メールによる栄養相 談窓口を開設し競技者がいつでも相談できる体制を準備し相談に対応した。
国際大会開催時には、競技団体や選手から現地の食事事情全般の情報提供に対するニーズが高まる。アテネオリンピックに向けてJISSでは、筆者を含む栄 養スタッフをアテネに派遣し、食事全般に関する事前調査を実施した(写真3)。現在得られた情報のまとめ作業をしているところである。今後、指導者や選手 のみならず、各競技団体の栄養サポート担当者がアテネオリンピックに向けた栄養サポートを実施する際にも、その成果を役立ててもらえればと考えている。
選手の食事例
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写真4 |
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夕食の一例(ご飯、みそ汁、豚肉とニラの炒め物、タラのホイル焼き、小松菜の磯あえ、ひじきサラダ、たこときゅうりのキムチあえ、生野菜サラダ、牛乳、果物)。このメニューで約1500キロカロリーあり、たんぱく質、ビタミン、ミネラルが豊富に含まれている。 |
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さて、読者の方々は実際に選手がどのような食事をしているのかについて、興味をお持ちではないかと思う。スポーツをしていない人はせいぜい2000キロ カロリー程度の食事をとればよいのだが、選手は種目特性やトレーニング内容などに応じて、2000~5000キロカロリー以上ものボリュームの食事を取る 必要がある。また、必要な栄養素が過不足なく含まれており、かつ各栄養素のバランスも良い食事とすることが望ましい。写真4にJISSレストランで1日あ たり4500キロカロリーの食事をとる場合の夕食の一例を示した。このように、(1)主食、(2)主菜(たんぱく質源のおかず)、(3)副菜(野菜類・い も類・海藻類のおかず)、(4)牛乳・乳製品、(5)果物、という具合に毎食ごとに(1)~(5)をそろえるよう工夫すれば、必要な栄養素は取りやすくな る。ごはんの量や主菜、副菜の品数については、摂取するエネルギー量に応じて増減させるとよい。これだけのボリュームの食事を毎食食べるのであるから、ま さに「食べることもトレーニングの一環」と言えるのである。
おわりに
このように、JISS栄養部門では競技団体や競技者のニーズおよび栄養状態に応じて、栄養サポート活動を展開している。競技者が良好なコンディションを 維持し、栄養面でも自己管理をスムーズに行うことができるよう、今後も積極的な働きかけをしていきたいと考えている。
※本文は「月刊国立競技場」平成16年4月号に掲載されたものを転載しました。
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