第9回 NMRで何がわかるか?
最初に
国立スポーツ科学センター(JISS)の部門の一つであるスポーツ医学研究部には、スポーツクリニックを併設 しており、画像検査機器も充実している。その中でもMRI装置は、中磁場オープンタイプMRI装置(AIRIS II、HITACHI社製)と研究用高磁場MRI装置(Symphony、SIEMENS社製)の2台を有している。JISSでは装置の性能を活かし、そ の能力をスポーツ選手のために発揮するための努力を日夜行っている。
ここでは、JISSで行われる診療・研究の中でのMRI検査についての一端について、診療放射線技師として関わってきた視点から説明したいと思う。
NMRとは
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図1. |
音叉の共鳴 |
NMR現象またはMR現象(=核磁気共鳴現象あるいは磁気共鳴現象。以後MR現象と記す)とは、ある特定の原子核が、特定の電磁波(周波数の)に共鳴して電磁波を吸収したり、放出したりする現象である。
周波数とは、電波や音波などのように時間的に変動する波動に使われる尺度である。ファラデーの電磁誘導で知られるよう に、交流電圧を発生させた場合の一定の時間ごとに繰り返される電圧変化について、その繰り返しに要する時間を周期といい、周期の逆数が周波数でもある。” 原子核が共鳴する”という現象について音叉を用いて例えてみたい。図1のように複数の音叉があった場合、音叉Aと音叉Cが同じ音の高さで、BとDはそれぞ れ別の音の高さであるとする。音叉Aを振動させると、その音叉と同じ音の高さを持つ(=同じ周波数を持つ)音叉(=音叉C)だけが一緒に振動しだす。この ような現象を共鳴という。この現象は音叉Aを止めても音叉Cは鳴り続けている。この音叉の性質は、そのまま原子核の性質に例えられる。
よって音叉については、この音をマイクで拾い、テープレコーダに録音することをイメージすると、そのイメージを、音叉→原子核、音→磁気共鳴信号、テー プレコーダ→信号受信機に並べ替えるとよい。このMR信号をコンピュータで処理すればMR画像として描出できる。
病院など、臨床医学でよく耳にする”MRI”や”MRS”とは、MRI=MR Imaging (磁気共鳴画像)、MRS=MR Spectroscopy (磁気共鳴分光法)のことを指している。私の専門は主に前者であるMRIであるため、今回はMRIの話題を中心に話を展開していきたい。
MRIとは生体内のMR現象による磁化分布を画像化する検査である。臨床医学でMRIを撮像するために使用される、MR現象の対象の原子は水素原子 (H)である。よってMRIを作り出すための重要な信号源は水素原子である。水素原子は様々な物質に含まれているが、現在一般に使用されているMR装置で 検出している信号源は水と脂肪である。
このMR信号に影響を与える主な因子(パラメータ)は、T1緩和(時間)、T2緩和(時間)、T2*緩和(時間)、プロトン密度(:原子の密度のこと) の4つである。実際の撮像では、これらの因子をうまく調節することで、各因子の信号を強調する”強調画像”として画像を診断に提供している。図2に男性骨 盤部の股関節大転子画像を示すが、医用画像は下から眺めたように描写するのが普通である。図中の矢印は膀胱にたまっている尿である。図2(a)のほうは、 T1強調画像であり、尿は黒く写っているが、図2(b)のほうは、T2強調画像であり、尿は白く写っている。このように水については同じ部位でも強調する 因子によって、描写が大きく異なることがお分かりかと思う。ただし、脂肪の場合は強調する因子を変えても白く写るという性質がある。
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図2.(a) |
男性骨盤部T1 強調画像 |
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図2.(b) |
男性骨盤部T2 強調画像 |
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スポーツ医学におけるMRI検査の活用について
それでは、JISSではどのようにこの医療用MRI装置が活かされているのだろうか?
一般の病院では、主に腫瘍性病変の描出の診断が主な利用方法である。一方、JISSでは、特にスポーツ医学研究部では、スポーツ障害や外傷からの復帰を支援することが多く、画像検査もその目的に沿った形となる。
具体的には、筋損傷や関節の損傷、椎間板ヘルニア、疲労骨折などのスポーツによる障害や外傷に対して、いかに確定診断や治療効果を評価するための画像を提供できるかである。
筋損傷や関節疾患には、炎症や出血を伴うことが多く、この所見をうまく捉えることがスポーツ診療における”必要な画像”を提供できる鍵となっていると私は考えている。
一般的には自由水の成分が増加すると、T1強調画像で黒く写り、T2(あるいはT2*)強調画像では白く写る。炎症性病変を起こすと自由水が増加するの で、炎症部分はT2強調画像でより白く写る傾向がある。このため、T2(あるいはT2*)強調画像を多用している場合が多い。この傾向は特に、受傷直後で あればあるほど、その描出能は高いと言われている。ただし、出血については、その時期によって信号の違いがあるので、ここでは割愛する。
そして、脂肪はT1強調、T2強調のいずれの場合でも高信号を呈するため、T2強調画像では炎症との区別に重要な要素となるし、T1強調画像では出血と の区別に重要な要素となってくる。また、水に含まれる1Hと、脂肪に含まれる1Hでは、共鳴周波数の違いが3.5ppmだけ生じており、この違いがアーチ ファクトと呼ばれる画質の劣化を招き、診断に影響を及ぼす場合もある。よって、これらを防止する方法として脂肪信号を抑制する手法(以下、脂肪抑制法と記 す)がいくつか存在する。
臨床医学ではこれらの脂肪抑制法をうまく活用することで、炎症や出血との鑑別、骨髄内や脂肪組織内の炎症や出血の鑑別に利用されている。図3は健常人の 左肩関節斜位横断面像を示す。図3(a)は脂肪抑制法のひとつであるDixon法による水強調画像であり、図3(b)は同じようにDixon法による脂肪 強調画像である。(a)では、矢印で示す(1)の皮下脂肪や骨髄内に存在する脂肪部分が低信号(黒)で描出されているのが、(b)では、高信号(白)に描 出されている。このようにして、同じ断面を数種類の強調画像で撮像することで白黒のコントラストの異なる画像を描出して、診断に必要な情報を提供してい る。
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図3.(a) |
Dixon 法による左肩関節部水強調画像 |
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図3.(b) |
Dixon 法による左肩関節部脂肪強調画像 |
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終わりに
JISSで施行されているMRI検査の概要について、スポーツ診療を中心に、その一端を説明してきた。
MRI検査は、筋肉や軟部組織の描出に優れている。このことは早くから注目されていたため、スポーツ医学・科学への積極的な応用を望む声は非常に高かっ たということをよく耳にする。しかしながら、高額な装置である為、今まではスポーツ選手のためだけに使用できる装置を有している施設が存在しなかった。 よって、スポーツ医学・科学への応用についての研究は現時点では不十分であると思われ、まだまだ無限の可能性を秘めているものと私は確信している。 JISSでは、その役目を担うことができる施設であり、またそれがJISSでの使命にもなっている。
JISS に勤めるNMR の担当者としては、今後のスポーツ医学の発展に寄与できるよう、より積極的に”NMR”を追求していきたいと思う。
※本文は「月刊国立競技場」平成15年7月号に掲載されたものを転載しました。
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