第5回 | | 相手の弱点を探せ | | | -ゲーム分析・スカウティング活動における映像活用の現状と課題 | はじめに
私は、主として球技系スポーツのゲーム分析・スカウティング活動(以下、分析活動と略す)に関わる業務を担当している。ここでいう分析活動とは、自分た ちのチームの課題や、次回対戦する相手チームの特徴・弱点を解明することであり、球技の競技力向上にとって非常に大きな意味を持っている。分析活動には映 像の活用が一般的に行われており、国代表レベルになると、専門の分析スタッフを帯同させてビデオカメラやパソコンを駆使し詳細な映像分析を行っている。そ のため本稿では映像活用を主題として、その収集方法、処理、そして将来的な問題点を述べたい。
いつ、何を、どこまで-「顧客」のニーズが大前提
まず、分析活動の大前提・大原則として、分析レポートの提出時期・形態は、コーチや選手の要求を満たすものでなくてはならない。
つまり、分析担当スタッフは、「顧客」であるコーチ・選手とのコミュニケーションを通じて、誰に、いつまでに、どのような形で、どのような内容を提示す るかを確認しなくてはいけない。この確認作業を怠ると、どれほど多くの時間を割いて作成したレポートでも、コーチや選手にとってはただのゴミにしか過ぎない。
勝つため?それとも競技の発展のため?-目的の明確化
上記と並行して、分析活動の目的を明確化させそれに応じた分析方法を決める。陸上競技や競泳といった記録競技と異なり、球技の分析手法には、目的によっ て以下の2点があることに注意しなくてはいけない。JISSが中心に行っているのは(2)である。
(1) 競技の発展を目的としたゲーム分析 この分析は、ルール改正の評価やメディアへの告知を意図し、競技の普及や発展を目的とする。主にIF(国際競技連盟)や大学の研究室などで分析活動が実施 され、基本的に統計的データが主流となる。使用される用語や規定は競技規則に則った一般的なものとなる。TVが提示するデータや試合直後の公式記録などが 代表的である。
(2) 特定のチームが勝つためのゲーム分析 自分のチームと相手とを特定の視点で比較し、対戦相手の弱点や試合での戦術的ポイントを検討するために行う。従って分析項目は必ずしも両チームが同一では なく、使われる用語やその定義もチーム独自となる。あくまで客観的データに基づいているものの、主観的な内容表現が多い。
ビデオ編集作業-PCソフトの有効活用
次に、収集した試合のビデオを編集していく。基本的に試合の最初から最後まで見ていくが、対象試合が多くなると、最初に見たプレーの印象が次第に薄れて いくか、逆に強すぎることがあり、相手チームの傾向を分析する視点が偏ってしまう。こうした問題を解消するため、現在は殆どのナショナルチームでコンピュータ(PC)ソフトによる映像編集が用いられる(図を参照)。こうしたソフトは、その代表的な機能として、以下の2点を有している。
(1) 映像編集・抽出機能 見たいプレーなどを予め決め、入力項目としてソフトに設定する。試合中又は試合後にそのプレー映像に「タグ」と呼ばれる印をつけていく。試合後、コーチ や選手から「A選手のシュートだけを見たい」というリクエストは勿論、設定次第では、「B選手が、左サイドのロングシュートを放った後のリバウンドだけを 見たい」という詳細なプレーも瞬時に閲覧できる。
(2) 統計処理機能 優秀なコーチは、自らの主観的な印象を大切にしながらも、それを裏付ける客観データのチェックも怠らない。この機能は、チームのシュート成功率、ファウ ル数などといった基本的データだけでなく、個人別のシュート種別成功率や、GKのシュートエリア別の成功率などもチームに提示できる。
これらのソフトは、その特徴を明確に理解して活用する限りは非常に強力な分析支援ツールになりえるが、決して万能薬ではない点に注意すべきである。

彼我の差は何か?-始まったばかりのKPI法
コーチにとっては、ゲームを構成する全ての要素の回数が提示されるよりも、勝敗に影響したプレーだけを特定してトレーニングに生かしたい。何がゲームに おいて重要な要素か。この観点から統計的分析を行おうとするのが、KPI(Key Performance Indicator)法である。
つまり、ゲームの勝敗に大きな影響を及ぼす項目を精選してその回数のみをカウントする。例えばバスケットであれば、主要選手のシュート成功率やリバウン ド獲得率が挙げられるだろう。単純なパス回数はKPIとはいえない。KPIは競技によって異なり、ルール変更に応じて変化することもある。現状では、項目 の精選において主観的要素が強いため、この方法は課題が多い。
見えることは本当にいいこと?-映像の可能性と危険性
最後に、映像の可能性を再確認し、その背後に潜む(と思われる)危険性について私見を述べたい。
前述のとおり、球技の分析活動にとって映像は欠かせない。映像を有効に活用することによって、それまで文字や図だけでは選手に伝え難かった相手選手のパ スコースやキックフォーム、戦術的特徴などが容易に理解でき、非常に大きな効果を上げてきた。そして依然として今後も競技力向上のための有効なツールとし て映像の可能性は高い。
しかしながら、あくまで将来的問題として批判を恐れずに言えば、私は、映像が選手やコーチの創造力の阻害要因となる可能性を述べておきたい。確かにコー チにとっては自分のイメージが簡単に映像化されることは非常に有り難い。選手にとっては、自分のパフォーマンスを即座に過去の自分やメダリストと比較でき ることは分かりやすいことかもしれない。
しかし、実際の試合中の選手は、ミーティングのビデオでは見なかった様々な事象に遭遇する。或いはスカウティングを警戒した対戦相手が、それまで用いな かった新たな戦術やプレーを採用するかもしれない。そうした事態を迎えた際、選手やコーチには創造力を生かした柔軟な対応が求められる。彼らは、「見てい なかったから」では済まされない。
ところで、映画やドラマによってCG技術などを駆使した様々な映像が楽しめる現代でも、依然として書籍は世界中の人々の創造力をかきたて、支持されてい る。言葉や活字によってプレーをイメージさせることの重要性は、映像技術が進んだ現代でも、競技現場に求められ続けるだろう。繰り返すが、分析活動におい て映像は極めて重要である。しかし、もしも近い将来に、選手から、「コーチ、ビデオで見せてくれないと分かりません」と言われ、言葉に窮するコーチが増え るのであれば、分析活動における映像は慎重に活用されていくべきだろう。
※本文は「月刊国立競技場」平成15年5月号に掲載されたものを転載しました。 |