スポーツと二人三脚

スポーツと二人三脚

国立スポーツ科学センター センター長 笠原 一也 バックナンバーはこちら>>

第10回 王監督と一緒に観戦したJリーグ開幕戦 2006年3月31日


笠原 一也

 

  国立スポーツ科学センター センター長 笠原 一也
  かさはらかずや
1938年 埼玉県生まれ
国立スポーツ科学センター長  
和歌山県保健体育課長,文部省競技スポーツ課長,JOC事務局長、東京女子体育大学教授など歴任し現職.

 ワールドベースボールクラシック(WBC)で世界一に輝いた王監督におめでとうございますと申し上げたい。
改めて日本国民の野球に対する思いを強く感じたWBCではなかったかと思う。そこで、前回話題にしたイチロー選手がWBCで大活躍したこともあったので、今回は王監督のことを話題にしてみたい

 私は1993年5月15日、Jリーグ設立開幕戦を、当時、世界少年野球推進財団理事長だった王監督と一緒に国立競技場のスタンドから応援をしたのである。

 ゲームは、「ヴェルディ川崎」対「横浜マリノス」だったが、観戦中、王監督との会話の中で今でも記憶に残っている二つの話がある。
その一つは「サッカーの試合をTVで放映する時、CMはどこで入れるのでしょうね」。もう一つは「サッカーは、どんなに優勢に試合を進めていても時間がきたら終わるのですね」。どちらも野球と比較しての話である。

 王監督の話では、野球はチェンジがあって攻守ところを変える時間があるのでTV放映でCMを入れる時間があるが、サッカーのゲームを見ていると45分間 プレーが続行しているのでCMを入れる所が無いのではと心配していた。また、野球では3アウトにならない限り試合は終わらず攻め続ける事が出来るが、サッ カーはどんなに優勢に攻めていても時間が来ると試合終了になってしまうとも言っていた。私などは、当然異なるスポーツだからあたりまえと思って見ていた が、なるほどそのような見方もあるのかと感心させられた。

 それから約1年半後に、王さんはホークスの監督に就任することになり、財団の理事長を辞する旨の挨拶に当時の文部省競技スポーツ課に見えた。実はこの財 団、日本とアメリカを代表する世界のホームランキング、王監督とハンク・アーロン氏が提唱して、正しい野球の普及および青少年の友情と親善の輪を広げよう と、二人の友情のもとに誕生したものなので「早く戻ってきて、財団を発展させてください。」とお願いした記憶がある。

 一昨年、プロゴルファー青木功氏の世界ゴルフ殿堂入り祝賀会のおり、王監督に久しぶりにお会いする機会があったので、「しばらくです。なかなか東京に 帰って来ることが出来せんね。」と申し上げたら、「そうなんです。なかなか帰れません。」と気楽に声を返してくれた。私のことを忘れないでいてくれた喜び と共に、イチロー選手と同様、一流選手、一流指導者の気配りは凄いものだと改めて強く感じたのである。




ページトップへ