スポーツ医科学最前線

第20回 アテネオリンピックを振り返って

浅見 俊雄(センター長)



アテネオリンピックが終わった。心配された施設も何とか間に合い、運営面でも多数のボランティアに支えられて外から見る限りまったく問題なかったし、特に日本にとっては史上最多のメダルを獲得するという予想以上の好成績で沸きに沸いた大会だった。

前々号のこの欄での川原主任研究員の予測をはじめ、日本のマスコミも、外国の権威ある専門誌も、そして本家本元のJOCも日本がこれだけのメダルをとる と予想したものはなかった。私がある雑誌に書いた予想は、「メダル総数では最低でもシドニーより5増えて23、25を超えて30に近づくことが目標、その うち金は最低でも7、目標は10」としたが、競技者達の大健闘に脱帽する以外ない。メダル総数の37個は、文部科学省とJOCが掲げたメダル獲得率 3.5%の目標を大きく超えて3.98%(総メダル数は929個)と、10年先の目標を4年で達成してしまったのである。

私は前半はTVで、後半は直接アテネで多くの種目を見、また声援を送ったが、競技者達の活躍から一番感じたことは、日本の競技者の精神的な強さだった。 これまで日本は大舞台で精神的に弱い、プレッシャーにつぶされた、ということがよく言われたし、実際にそういう場面を見ることが多かったのだが、今回は 違った。有言実行の北島の精神的な強さは、逆に世界記録保持者のハンセンをびびらせたし、体操団体でも最後の鉄棒でルーマニア、アメリカがプレッシャーか ら失敗を繰り返したあとに、日本の3人は堂々といつも通り、いやそれ以上の最高の演技を見せて28年ぶりの金を獲得してくれた。

私はこのことについて心だけが強くなったのではないと考えている。日頃の激しい練習で、身体も技もより強くなって、勝てるのだという自信が持てるように なった、いわゆる心技体が世界のトップレベルで戦える状態になったということにあると思っている。

ではなぜ日本の競技者はこんなにたくましく強くなったのだろうか。勿論それは日頃の競技者とコーチ達の努力の賜物には違いないのであるが、その努力はそ れ以前にも続けられていたもので、それ以外の要因も考えなければならないだろう。それは一言でいえば、日本のスポーツ環境、それも国際競技力の向上に関わ る環境が21世紀を迎えて大きく変わりつつあることにあると思っている。

まず2000年9月に文部省(当時)が「スポーツ振興基本計画」を公にして、生涯スポーツ、競技スポーツ、学校の体育・スポーツについてそれぞれ達成す べき目標を掲げて、これから10年間になすべきスポーツ政策の基本を示した。その中で長期低落傾向にある国際競技力については、それを向上に転じさせて、 10年程度の間にオリンピックでのメダル獲得率を前述の3.5%にするという数値目標を掲げたのである。それを受けてJOCは「ゴールドプラン」を策定し て、各NFと連携しながら、一貫指導体制の確立や指導者の育成・確保、競技者の環境整備、重点種目の強化策などの諸施策を積極的に展開しだしたのであっ た。

そして我がJISSも、「基本計画」の中で強化への医・科学・情報の拠点と位置付けられて、2001年10月の開所とともに、研究、診療事業や、NFの 強化活動に対する医・科学・情報面からのサポート活動を開始したのであった。こうした科学的なサポートはこれまでも行われていたのであるが、それは大学の 教員や病院の医師が本来の仕事をこなしながらボランティアとして携わっていた形がほとんどで、チームを作って総合的なサポートを行うことはできにくい状況 だったのが、JISSができたことによってそれを専門とする職業集団が関われるようになったのである。ようやくスポーツ先進国と同じ環境で科学的支援が行 われる体制が整ったのである。

文部科学省も「基本計画」で理念を示しただけでなく、諸施策展開のための予算を組んで、JOCやその傘下の各競技団体(NF)の競技力向上活動を支援し た。新たに立てた日本復活プロジェクトの予算や、2000年にはなかったJISSの運営費を含めて、2000年と2004年の競技力向上関係の文科省の予 算額を比べれば、16億6千万円から45億6千万円と29億円も増額されているのである。これに日本スポーツ振興センターからの振興基金とtotoからの 助成金も加わって、潤沢とはとてもいえないが以前よりは競技力向上のための活動費は増加し、プロ的に強化に関われる指導者も増加した。

そして一部の室内競技種目に限られることではあるが、JISS内に設置されたトレーニング施設も、これらの種目の強化拠点として大きな役割を果たした。 レスリング、体操、シンクロ、それに北島をはじめとする一部の競泳選手達がここを拠点として強化活動を行って、多くのメダルを獲得してくれた。種目のト レーニングがいつでもできるというだけでなく、レストランでの栄養指導も受けられる食事環境、トレーニング体育館での専門の指導員による体力トレーニン グ、コンディションが悪くなればいつでも診療を受けて早期に対策が立てられる医療環境、そして医・科学・情報の支援が受けられるといった総合的に整った練 習環境が、競技者の競技力向上により有効に働いたということができるであろう。

加えて、多種目の競技者や指導者達が同じ場所で活動しているということから、お互いに顔見知りになり、声をかけられるようになったということも、切磋琢 磨するという上でも、他種目間の情報交換が行いやすくなったということでもプラスに作用したと考えられ、今回のチームジャパンとしての一体感にもつながっ たと思っている。

ところで次のトリノ冬季オリンピックはもう1年半後に迫っているし、北京への期待も高まっている。勝利に酔いしれているときではない。幸いJISSの周 辺に予定されているナショナルトレーニングセンターの建設にも追い風が吹いている。今回の活躍がフロックではないことを証明するためにも、さらなるスポー ツ環境の整備が必要であるし、その中でJISSもJOC、NF等との連携を一層深めて、国から与えられた使命を果たすべく、初心に返って気を引き締めて仕 事に当たっているところである。


※本文は「国立競技場」平成16年11月号に掲載されたものを転載しました。

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