飯田 晴子(スポーツ科学研究部)
はじめに
フェンシング競技にはフルーレ、エペ、サーブルの3種目あるが、フェンシング協会からの要望により主にフルーレについてサポート活動を実施することに なった。フルーレには有効面と無効面とがあり、有効面(体幹部)を突くと、突いた選手側の「赤」または「緑」の色ランプが点灯し、突いた選手に得点が入 る。素人が見ていると、どちらにポイントが入ったのかはこのランプの点灯を見てやっとわかるというくらいその攻防は速い展開で行われる。フェンシング競技 のような対人競技の場合、パフォーマンスを定量化することは難しい。ましてや勝負は剣を用いた多彩な技による攻防がメインとなるものである。科学的データ をもとにできることと言えば、勝敗に結びつく要素一つ一つを定量化しながら探っていくことであろう。本稿では、フェンシング競技のサポート活動で行ってい る取り組みとフェンシング協会と共同で行っている攻撃動作の研究の一部分について紹介する。
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写真1. |
2005年W杯(高円宮杯)女子準決勝の様子 |
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試合中のフットワークスピード分析
フェンシング協会スタッフとの話し合いから、日本選手と世界トップレベルの選手とのフットワークスピードを比較することとなった。フェンシングの攻撃 は、速さだけでなくフェイント動作や攻撃の強弱などを対戦相手に応じて組み込むことも勝敗につながる重要なスキルである。そのため、フットワークスピード のみがパフォーマンスを反映する指標となり得るかは定かではなかった。しかし、フットワークの速さが諸外国で強化されてきていることを踏まえて、フット ワークスピードについての分析を行うこととなった。フットワークスピードの比較は、攻撃動作の中でも比較的使用頻度の高いマルシェファントという技でポイ ントを獲った場合に限定して行った。まずは、2004年の国内大会(静岡国体)で撮影分析方法を検討し、その後、2004年、2005年のW杯(高円宮 杯)での撮影を試みた。国体での測定結果では、競技レベルの高い選手ほど攻撃時のフットワークスピードは高く、フットワークスピードはある程度パフォーマ ンスを反映していると考えられた。W杯においての日本選手の攻撃時のフットワークスピードは、海外の選手と比較しても平均的またはより速いフットワークで 得点を獲っていた。攻撃中のフットワークスピードは世界のトップレベルの選手と比較しても勝敗にネガティブな要因にはなっていないと考えられた。しかし、 フェンシング(フルーレ)の攻撃は、あくまでも剣先で相手を突くことによってポイントを獲る競技である。相手との間合いやフェイント動作、しなる剣を自在 に操る多彩な技など、ポイントを獲るための要素には定量化し難い要素も多い。それだけに、もどかしい部分もあるが、今後も強化方針に基づいて勝敗につなが る要素を一つ一つクリアにしていく地道な努力が必要であろう。
攻撃動作の分析
フェンシング競技の攻撃動作は、常に剣で突く側の脚を前に踏み込む片側に偏った動作であることから、身体が未発達のジュニア選手の場合、練習方法次第で は慢性的な障害を引き起こす危険性が高い。このような背景も踏まえて、攻撃動作に関するフェンシング協会との共同研究が始まった。
まずは、速い攻撃動作の特徴を知るために、マルシェファントの動 作解析を行った。剣先速度の変化を見ると選手それぞれに特徴が見られた。剣先速度の変化を大きく二つに大別すると、相手に突く直前に剣先速度が高くなるパ ターンと突く直前に剣先速度が失速してしまうパターンとに分けられた。おそらく前者は、選手や指導者が主観で感じる「剣が伸びてくる」という感覚の攻撃動 作であり、後者の攻撃は、防御しやすい攻撃なのではないかと考えられる。突く直前に剣先速度が高くなる攻撃動作について分析すると、脚で得た前進速度に加 えて肩、肘、手首の順に動かしていくことにより、突く直前に剣先速度が速くなっている。
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写真3. |
フェンシングの攻撃動作マルシェファント(実験風景) |
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しかし、現状では、まず肘を伸ばしてから攻撃するという指導方法が標準的な指導方法になっている。そのような指導方法になる理由はルールにある。フルー レでは「攻撃をするためには、まず腕を伸ばす」ことから始まり「攻撃されれば、相手の剣を完全に払いのけ攻撃」をしなければならないというルールがある。 すなわち、腕を伸ばさないと攻撃していると認められず、攻撃権が得られない。例えば同時に突いた場合には、この権利を持っていた選手の攻撃が優先される ルールである。しかし、その通りに攻撃をすると剣先速度が相手に突く直前に失速するような動作になり易いことが明らかになった(図1)。
フェンシングのような対人競技では、おそらくこの技術が絶対だという方法はなく、いくつもの答えがあり、それらを状況に応じて使い分けることができたと きに勝利に結びつくのであろうと思う。事実、上級者程、速く相手を突くという課題に対して高い剣先速度で突くことが可能であり、さらに突く瞬間に剣先速度 が高くなる傾向にあった。これらのデータを指導者に提示することで、あらためて指導方法について議論をするきっかけを作ることができた。
おわりに
フェンシングは、昨年トルコで行われたユニバーシアード大会で、 フルーレ団体男子がアテネオリンピック優勝チームのイタリアを破って優勝するなど、着実に国際舞台での力をつけてきている。その背景には、トップレベルの 選手をサポートすることも大切だが次世代を担うジュニアアスリート達を育てていくための指導者やスタッフを充実させていこうとするフェンシング協会の取り 組みがある。科学的視点でどのように強化現場をサポートしていけばいいのか、まだ見えない部分は多いが、指導者、スタッフの活動を活性化させていくこと が、今後のオリンピックでの活躍に結びついていくのであろうと思う。
※本文は「国立競技場」平成18年3月号に掲載されたものを転載しました。
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