学校給食の歴史(昭和)

昭和7年
9月、文部省訓令第18号「学校給食臨時施設方法」が定められ、国庫補助による 貧困児童救済のための学校給食が初めて実施されました。
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昭和15年
4月、文部省訓令第18号「学校給食奨励規程」により、対象を貧困児童のほか栄 養不良児、身体虚弱児にも拡げ、栄養的な学校給食の実施へ、内容を充実しました。
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昭和19年
6大都市の小学校児童約200万人に対し、米、みそ等を特別配給して学校給食が 実施されました。
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昭和21年
1月30日、文部省体育局長通達「学校衛生刷新に関する件」で学校農園等による給食施設の普及が奨励されました。
12月11日付け文部、厚生、農林三省次官通達「学校給食実施の奨励について」が発せられ、戦後の学校給食の方針が定まりました。
12月24日、東京、神奈川、千葉の3都県の学校で試験給食が開始されました。
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昭和22年
昭和22年の給食1月20日、全国都市の児童約300万人に対して学校給食を開始しました。
当時の給食は、ララ寄贈食料品によるもので、ミルク(脱脂粉乳)、トマトシチューなどが供されました。
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昭和24年
7月、保健体育審議会令が制定され、学校給食分科審議会が設けられました。
10月、ユニセフ(国際連合児童基金)からミルクの寄贈を受けて、ユニセフ給食が開始されました。
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昭和25年
7月、8大都市の小学校児童に対して、米国寄贈の小麦粉により初めて完全給食が実施されました。
10月、東京都で第1回全国学校給食研究協議大会が開催されました。
12月、文部省から「全国学校給食週間の開催」が通知されました。
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昭和26年
2月から完全給食が全国市制地にも拡大実施されました。
講和条約の調印にともない、給食用物資の財源であったガリオア資金(アメリカの占領地域救済資金)が6月末日でうち切られ、学校給食は危機にさらされまし た。これに対して、国庫補助による学校給食の継続を要望する運動が全国的に展開されました。
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昭和29年
6月3日、第19国会で「学校給食法」が成立し、公布されました。同年中に学校給食法施行令、施行規則、実施基準等も定められ、学校給食法の実施体制が法的に整いました。
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昭和31年
2月10日、「米国余剰農産物に関する日米協定」の調印により、学校給食用として小麦10万トン、ミルク7,500トンの寄贈が決定されました。
3月30日、学校給食法の一部が改正され、同法が中学校にも適用され、準要保護児童に対する給食費補助も規定されました。
6月20日、「夜間課程を置く高等学校における学校給食に関する法律」が公布されました。
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昭和32年
5月20日、「盲学校、ろう学校及び養護学校の幼稚部及び高等部における学校給食に関する法律」が公布されました。
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昭和36年
へき地のミルク給食施設設備費及び夜間定時制高等学校夜食費に対する補助制度が設けられました。
12月1日、学校給食15周年記念式典・大会が開催されました。
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昭和39年
8月、文部、農林次官通達「学校給食牛乳供給事業の実施について」が出され、学校給食への牛乳の本格供給が始まりました。
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昭和41年
昭和40年の給食高度へき地学校の全児童生徒に対し、全額国庫補助により、パン・ミルクの無償給食が実施されました。
この当時の代表的な献立としては、ソフトめんのカレーあんかけ、牛乳、甘酢和え、果物などがあげられます。

(写真は昭和40年のモデル献立です。)
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昭和45年
学校給食における米飯、米粉混入パン、米加工品の利用実験が開始されました。
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昭和47年
沖縄の本土復帰にともない、学校給食関係予算が計上されました。
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昭和51年
昭和52年の給食4月、学校給食制度に米飯が正式に導入されました。
当時の代表的な献立としては、カレーライス、牛乳、スープ、果物などがあげられます。

(写真は昭和52年のモデル献立です。)
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昭和63年
児童生徒数の減少によって生じた余剰教室等をランチルームに改修する事業への補 助金が文部省に予算化されました。
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