スポーツ医科学最前線

第16回 女性アスリートのコンディショニング
-月経との関わり方-

岩本 陽子(スポーツ科学研究部)


女性アスリートの体調管理

いよいよ今年はアテネオリンピックが開催される。マラソンの高橋選手や柔道の谷(旧姓田村)選手が活躍したシドニーオリンピックでは、日本チームのメダ ル総獲得数は18個(金5個、銀8個、銅5個)であった。そのうち、女性アスリートが獲得したメダルは13個、男子は5個であった。アテネオリンピックや それ以降のオリンピックでのメダル倍増を考えたとき、女性アスリートへの期待は大きい。試合が近づけば、コンディションの調整が重要となってくるが、女性 アスリートの場合、男性アスリートにはない月経との付き合い方も心配の種である。会社では、女性社員に生理休暇が認められているが、アスリートはそうは いっていられない。そこで本稿では、スポーツに関わる月経の諸問題や研究知見を紹介しながら、女性アスリートと月経の付き合い方について考えていきたいと 思う。

月経とは

図1 月経周期に伴う諸機能の変動。月経周期は、卵胞が発育する卵胞期、排卵が起こる排卵期、排卵後にぬけがらとなった卵胞が黄体化し、受精卵着床に備えて子宮内膜が厚くなる黄体期、そして不要になった子宮内膜が剥がれ落ち、血 液と共に排出される月経期の4つの期に区分することができる。自分のパターンを知ろう。
図1 月経周期に伴う諸機能の変動
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一般に女性は、12歳前後で初経を迎え、40歳代後半に閉経する。この間、出産で中断することを考慮しても平均400回以上の月経を経験することにな る。トップアスリートは、ほとんどがこの年齢の範囲内なので、無月経の人以外は月経と付き合いながら、競技生活を送るわけである。

多くの動物には子を殖やす時期、すなわち繁殖期があり、ヒトも例外ではない。月経周期はこの繁殖の周期といえる。月経周期は、卵胞が発育する卵胞期、排 卵が起こる排卵期、排卵後にぬけがらとなった卵胞が黄体化し、受精卵着床に備えて子宮内膜が厚くなる黄体期、そして不要になった子宮内膜が剥がれ落ち、血 液と共に排出される月経期の4つの期に区分することができる(図1)。月経周期中には卵巣や子宮だけでなく、様々な器官、機能が変動する。よく知られてい るのが基礎体温で、月経開始日から排卵日までは体温が低く、排卵日以降の黄体期では黄体ホルモンの作用により体温が0.3~0.5℃くらい高くなる。で は、これらの現象は、スポーツパフォーマンスにも影響を与えるものであろうか?

月経周期に伴いスポーツパフォーマンスは変動する?

月経前から月経中は、スポーツ外傷が多いという報告や、競技成績が悪いという報告がある。確かに月経中は下腹部痛や頭痛があったり、月経前には月経前症 候群といわれるイライラ、むくみ、乳房痛などが起こる人が多い。逆に、月経後つまり卵胞期はコンディションが良いということもよく聞かれる。しかし、体調 やコンディションの良し悪しは感覚的なものなので、それが本当のところどうなのかは、あまり分かっていない。そこで、これらのことを確かめるために、月経 周期中に何回か同じ条件で測定を行い、その結果を比較するという手法で研究が行われている。ここでは呼吸循環系と筋力に焦点をしぼって、その研究結果を紹 介することにする。

月経周期中に呼吸循環系が変動するかを調査した研究のうち、半数は変動しないと報告している。一方、変動があると報告した研究のうち、実験に参加した被 験者数も多く、内分泌学的な裏付け(測定時に採血し、性ホルモン値を検査している)のある報告を紹介しよう。16名の運動選手にトレッドミル走による酸素 摂取量の測定を行った研究(Lebrunら)は、最大酸素摂取量は黄体期でやや悪化したと報告している。また、運動選手6名と運動を行っていない6名に自 転車こぎを行わせ、疲労困憊してこげなくなるまでの時間を比較した研究(Schoeneら)は、非運動群では卵胞期に良い結果を示したのに対して、運動選 手では周期内で差がなかったと報告している。

一方、月経周期中に筋力が変動するかを調査した研究では、多くの論文で変動しないと報告されてきた。しかし1990年代後半、月経後の卵胞期から排卵期 にかけて筋力が増大するという研究結果が発表された(Sarwarら、Phillipsら)。筆者らも、月経周期に伴う筋力の変動とその要因を調査した。 その結果、排卵期に筋力は大きくなり、それは脳からの命令の強さの変化が原因ではなく、命令に対する筋肉の反応性(筋細胞内の収縮特性)に原因がありそう だということが分かった。さらに、月経の状態がそれぞれ異なる女子スポーツ選手30名近くにお願いして、2~3ヶ月間毎日基礎体温と筋力測定を行ったとこ ろ、正常月経周期の選手の多くは卵胞期や排卵期に筋力が増大したが、中には全く変動のない選手や、月経期に大きくなる選手もいることが分かった。また無月 経や無排卵月経の選手は一定の変動パターンが見出せないことが多かった。これらのことから、月経のある選手では、個人個人で変動のパターンがありそうだと いうことが分かってきた。これらの研究を行うには、手間や予算が多くかかることや、被験者の理解も必要なため、なかなか進まないのが現状であるが、個人の 変動パターンがあるという結果が、今ひとつ一致した見解が出されていない大きな要因であると思われる。

セルフチェックのすすめ

これまでの研究結果から、女性アスリートのコンディショニングに役立てるためにお勧めすることは、毎日基礎体温と簡単な検査を行い、自分の変動パターン を知ることである。自分の競技には筋力が重要となるのであれば、握力など簡単なものでよいので毎日測ることをお勧めする。また、有酸素系の種目であれば、 毎日安静時と運動時の心拍数を測ったりするのもよいだろう。自身の変動が把握できれば、わざわざパフォーマンスが下がる時期に試合を迎えてしまったという 事態を避けることができる。ちなみに月経をずらす薬はエストロゲンとプロゲストーゲン(プロゲステロン様の作用をもつ物質)の合剤(EP薬)で、ドーピン グコントロールの禁止薬には含まれていないが、薬を飲んでいる時はだるさを伴うことがあるので、目標とする試合の2~3ヶ月前には対処しておく必要があ る。

また、減量を伴う選手の場合、排卵後から月経までの黄体期は、黄体ホルモンの作用で、水分を体に貯めやすくなり、むくみも出やすくなるので、あまり減量 には適さない時期だということも知っておくべきだろう。これらの個人差が、どれほどあるのかは分からないが、どの時期が自分にとって一番減量しやすい時期 なのか、あらかじめ知っておくとよいと思う。女性も男性も、階級制競技のアスリートが、毎日体重を測るように、女性アスリートは、これらの測定を習慣化 し、自身の変動を知ることが大切と思われる。

月経異常について

アスリートにとってもう一つ心配なのが、月経異常であろう。中でもアスリートに多いといわれているのは月経が来ない、いわゆる無月経と、初経が遅れるこ とである。いずれも体脂肪率を低く抑えるような種目の選手に多いといわれる。月経が無いと骨塩量の保持に不可欠なエストロゲンの分泌が減少し、疲労骨折を 起こしやすいということも指摘されているし、長期間無月経だと将来排卵できなくなってしまう恐れもあるので注意が必要である。こうした場合にはオフシーズ ンに人工的に月経を起こさせる等の治療も可能である。このようなスポーツに関連した月経の悩みは、スポーツに理解のある婦人科医に相談されることを薦めた い。なお国立スポーツ科学センターのスポーツクリニックには、月に2~3回スポーツ婦人科外来があるので、利用資格を満たす選手は受診することが可能であ る。

全ての女性アスリートとその指導者へ

一部には「生理があるうちはまだ甘い」とか「生理が止まるまで練習しろ」と言う指導者もいるようだが、現役の時から競技引退後の妊娠、出産といったことまで見据えて体調管理をしていく必要があるように思う。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がある。月経の問題は、「天命」に身をゆだねる範疇の問題ではなく、「人事」の範疇であり、自分で対処できる問 題なのである。しょうがないことだからとあきらめず、なんとか運を自分の手でたぐり寄せて欲しいと願うばかりである。



※本文は「月刊国立競技場」平成16年3月号に掲載されたものを転載しました。

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