第24回  レスリングのサポート活動

 

久保潤二郎(スポーツ科学研究部)



はじめに

  競技スポーツをサポートするには、その競技の特徴を把握することが重要であろう。以下に、サポートする側から見たレスリング競技の特徴的な点をあげてみたい。

(1) 対人競技であるためパフォーマンスを定量化しにくい。
(2) 階級制競技であり、かつ多くの選手が非常にきつい減量を行っている。

 主観的なものを客観値に置き換えるのが科学者の大きな仕事である が、レスリング競技は、パフォーマンスが定量化しにくいため、必然的にサポート手段が限られることとなる。また、減量の必要な競技には、栄養やトレーニン グ面のサポート活動が重要となるが、特に男子シニアの場合、自身の階級が除脂肪体重(脂肪を取り除いた重さ)と同じか、それ以下の選手もいることは、サ ポートスタッフの頭を悩ませる点である。JISS研究員としてレスリング競技 を担当し、“レスリングに対する科学的なサポート活動とはどうあるべきか”ということを良く考える。しかし、未だ明確な結論を出せていないが、ここではレ スリングのサポート活動の幾つかを紹介し、タイトルにもスポーツ医科学最前線とあるので、科学的データを紹介しながら、北京オリンピックへ向けての新たな 取り組みを一部紹介することとする。

栄養サポート

  JISSでレスリング選手に対して実施した体重の測定結果から、個々の選手の階級値を引くと、かなり大まかではあるが、その選手の減量する量が見て取れ る。男子シニアの場合には、多い選手で10kg前後、少ない選手でも4kgくらいは減量しており、上記でも述べたように自身の階級値が除脂肪体重以下の選 手もいる。これらの事実があったとしても、栄養サポートは、基本的に体脂肪率を少なくしていく方向で実施していくことに変わりはない。しかし、現状として は、多くの選手がこの量を、一般に適切とされる減量よりも短い期間で落とすようである。そのため、計量後の速やかな体力回復のために何をどのタイミングで 摂るのがベストなのか、といった内容のセミナーを時期により実施している。これらの活動は、レスリング協会で栄養サポートを担当しているスタッフと連携し ながら進めている。

トレーニングサポート

  レスリングは、マット上で行う練習の多くにトレーニング的な要素が入っており、今のところレスリングのための特別なトレーニングメニューというのは作成 していない。しかし、様々な折にコーチから要望があったものに対して、メニューの提供及び指導を実施している。また、ジュニアに対しては、基本的なウエイ トトレーニング指導を毎年実施している。その他、個人的に指導及びメニューの提供を求める選手に対しては、個別に対応している。

データ分析と現在の試み

 
図1	体幹筋断面積の比較 1.腹直筋, 2..外内腹斜筋, 3.大腰筋, 4.腰方形筋, 5.脊柱起立筋
 
図1 体幹筋断面積の比較 1.腹直筋, 2..外内腹斜筋, 3.大腰筋, 4.腰方形筋, 5.脊柱起立筋
   

 ほとんどのレスリング選手にとって、余分な筋肉をつけることによ る体重増加は避けなければならない。となると、レスリングにとって、重要な部位とはどこなのであろうか、という疑問がわく。この問題に対するアプローチと して、動作分析から導く方法が考えられるが、冒頭で、定量化しにくいと述べたように、動作分析は行いにくい。それでは、筋肉の発達の違いを見てみようとい うことで、これまでJISSに蓄積されたデータから比較を行った。一例を図1に示した。体幹部を核磁気共鳴画像装置(MRI)により撮影したデータをもと に、筋の横断面積をエリート、準エリート、ジュニアのナショナルチームに所属する選手で比較した。ジュニアと比較して、両エリートは、体幹の前側の筋肉、 機能としては体幹を屈曲もしくは捻る筋肉の面積が大きかった。もちろん選手により戦術や戦略も変わってくるので、一概にこういった体型が理想だとか、重要 だとは言えない。しかし、アテネ五輪後、このようなデータを幾つか提示しながら、コーチや医科学スタッフに、コンディショニングチェックも含めた測定項目 の検討をしてもらった。現在では三ヶ月に一度くらいの割合で、身体組成の測定とともに、このフィットネステストを実施している。コーチと話す中で、“レス リングは、最大筋力を出来るだけ持続する能力が大事だ”というコメントも頂いた。それらは、生理学的に言えば、解糖系能力が重要であろうということにな る。ならば、解糖系能力の指標として、乳酸を測っていきましょうということになった。乳酸の活用法には、様々な方法があるが、レスリング選手に対しては、 出来るだけ乳酸を出せる、また、少々乳酸が溜まっても動ける身体作りを目指そうということになった。これらは、コーチの指導ともよくマッチしたようであ る。スポーツ現場では、論が飛躍してしまい、厳密には研究者として発言しにくいことも、時には教育的な配慮に照らし合わせて、コーチにうめてもらうことも 必要な時もあるであろう(JISS研究員がこれらの役割まで担うのは難しいと思われるが)。

 
図2 フィットネステスト後の乳酸平均値(mM)
 
図2 フィットネステスト後の乳酸平均値(mM)
   

 最近計測したシニアとジュニアのフィットネステスト後の乳酸平均 値を図2に示した。300mインターバル走は、2分3ラウンドの試合をシミュレートして、コーチとJISSスタッフの間で考案された測定である。シニアの 方が明らかにタイムも良く、その後の乳酸も高い値であった。実際の試合では、試合後半で有酸素系からのエネルギー供給に依存してしまうと大きな力が出せな いので、出来るだけ解糖系能力を高めて試合後半でも強い力を発揮できるような身体作りを目指して、コーチとコンセンサスを持って測定にあたっている。

 
300mインターバル走でのコーチ並走によるラストの追い込み
 
  300mインターバル走でのコーチ並走によるラストの追い込み
   

終わりに

 JISSのスローガンは、「挑戦への新しいカタチ (New Sprit of Challenge)」であるが、研究員は新しい挑戦への準備は出来るが、実践するにはコーチの力が必須である。特に、JISSスタッフは、競技団体ス タッフでもない第三者である。研究者は、スポーツ現場で主体的に新しい挑戦をすることは出来ない。我々の活動は、あくまでコーチありきである。

 JISSと競技団体との関係は、何段階かのフェーズに分けられる ように感じる。レスリングに対しては、アテネ五輪後、新しいフェーズに入ってきたように思う。開所当初から、利用頂いている団体だけに、相互に発展し、 JISS活用法と競技成績に関しても先頭を走ってもらいと切に願う。


<フィットネステスト>
腹筋テスト30秒×3(30秒休息)、ロープクライミングテスト30秒休息で2セット(5.5mのロープを出来るだけ速く上って降りる)、300m走×6(10秒と30秒休息を繰り返す)これらのテストは、全て運動1分後に乳酸を測定


※本文は「国立競技場」平成17年7月号に掲載されたものを転載しました。

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