第19回 スポーツとOR

廣津 信義(スポーツ情報研究部)


ORとは

「OR」と記すと、通常は「または」と解され、「スポーツとOR」と言うと、なにやら不可解で怪訝な顔をされるが、今回のテーマにある「OR」は「オペ レーションズ・リサーチ」の略であり、「オペレーションズ=作戦」「リサーチ=研究」と逐語訳すると「作戦研究」となる。

これは、第2次大戦時Uボートや防空の対策に迫られた英国が、数理科学的な手法を用いて戦略・戦術を研究し成果を挙げたことを端緒とする学問であり、戦後は企業経営・生産管理など多岐の分野で応用されている。

スポーツにおいても、作戦研究という意味では、ゲーム分析などはまさにORの実践とも言えるが、本格的なOR手法の適用事例は少ない。今後、現場へのITの普及などに伴い、応用が進んでいき、将来その成果が問われる分野と言えよう。

さて、スポーツにおけるORの研究は、大まかに言えば、

(1) 戦略・戦術の最適化
(2) 選手・チームの評価
(3) 試合形式・ルール・日程の検討

の3つに分けることができる。以下、この順に従って、JISSでの研究結果を中心に紹介してみたい。

戦略・戦術の最適化 ― 最強打者の打順は2番?

最適な戦略・戦術をORの手法を使って見つけることは、作戦面で有益であるが、現実にはいろいろと難しい点が多い。特に、現場の生データなどは一般に公開 されないので、現場に根ざした研究はなかなか進まないのが実情である。そこで、ここでは公式データが充実しており、OR研究を最も進めやすい野球につい て、最適化の一例を述べる。

一般に、野球では最強打者が4番を打つのは常識である。これは1番から順に考えると4番で得点チャンスが大きくなるからというのが一つの理由である。
ところが、打順をいろいろと変えてコンピュータ上で試合をシミュレーションしてみると、実は2番あたりに最強打者を置くという打順が、1試合での得点を最大にすることが知られている。

例として、アテネ五輪代表について、代表発表時の打撃成績を基に、得点を最大とする打順を算出してみた(表参照)。なお、五輪は指名打者制であるため、ラインナップに投手が入っていない点、ご了解いただきたい。

表において「得点力」欄の数値は「スコアリング・インデックス」と呼ばれる値で、選手個人の1イニング当たりの得点能力に相当する。ここで、得点力の最も 高い打者を最強打者と定義すると、この時点での成績からは和田が最強打者となり、計算上はこの和田を2番とした打順で、最大の得点が期待できる。

なお、最強打者を4番よりも2番に置く方がよい理由は、最強打者の打順を早くして1試合での打席数を増やした方がよいため、と考えられている。

現実には、他の要因もあるので、計算結果に盲従すべきではないが、このような結果はコンピュータを使って初めて分かるものであり、打順を選定する際の参考となれば幸いである。

アテネ五輪代表選手(6月25日付)で期待できる得点が最大となるラインナップ (期待得点:7.62点)
表 アテネ五輪代表選手(6月25日付)で期待できる得点が最大となるラインナップ。2番には強打者である和田一浩、4番には城島健司が置かれている。



選手・チームの評価 ― 横浜FMのどこが強くなったか?

選手・チームの評価については、代表選手の選抜、優勝チームの予想など話題には事欠かないが、ここではJ1チームをマクロ評価した例を紹介する。

J1では、ホーム・アウェイとバランスよく対戦があるので、年間の得失点数や試合時間を基に、地元の有利さ、攻撃力、防御力という3つの要因を確度よく推 定することができる。また、この推定値に基づいて、年間の対戦をシミュレーションすると、得失点数や順位をほぼ再現できることも知られている。

ここ3年間のJ1チームの攻撃力・防御力をグラフ化すると図のようになる。横浜FMに注目すると、左から右へ大きく移動しており、ここ3年で攻撃力が著しく向上している、ということが一目で分かる。

このようなマクロ評価は、試合中の特徴的なプレーを専門家の目で捕らえるというミクロ評価と対照的であり、定量かつ客観的に全チームを俯瞰して評価できるのが特長といえる。

これを戦術毎に行えば、計算上最適な戦術を見出すことができるし、各種の予測法を使って、勝敗を確率的に予想することも可能となる。

図 J1チームの攻撃力・防御力。横浜FMに注目すると、2001年から2003年までの3年で攻撃力が著しく向上していることがわかる。
J1チームの攻撃力・防御力



試合形式・ルール・日程の検討 ― レッドカードで両チーム共に得できる?

強いものが勝つのか、勝つから強いのかという問いは、鶏と卵の話に似て哲学的とも言えるが、試合形式の検討と言う点では、試合を「強者を選び出すための検 定の手段」と考えると、時間制とポイント先取制のどちらの形式が優れているか、などというような議論が展開できる。

また、ルールの検討についての一例を挙げると、サッカーでは、同じレッドカードでも、残り時間が少ないと、1人欠けて戦う時間が短くなり罰として軽くなる が、残り時間が長いと重くなる、という違いがある。これより、主に終盤では、レッドカードで罰されるとしてもファールによりゴールを阻止した方が得であ り、逆に、主に序盤では、このようなファールをされた方が得となる。それでは、中盤はどちらが得なのか計算してみると、なんと「ファールした方もされた方 も共に得する」場合があることを例示できる。これは実は勝点方式(勝者3点、敗者0点、引分けは双方1点)ならではの特異な現象なのだが、こういうことも 計算で示すことができる。

最後に、日程の検討について一言触れると、今後もしプロ野球界再編が進み10チームでリーグ戦をすることになったら、対戦日程はどうすべきか、コンピュー タでいろいろと計算できる。実はスポーツのOR研究は、このようなスケジューリングの問題への取組みが最も進んでいる。

スポーツにORは必要か

以上、ORの研究例を紹介した。細かい内容を知りたい方は、是非ご連絡下さればと思う。ただ、現場から見るとまだまだ拙いという印象を受けられたことであろう。今後は実戦に役立つ洗練されたモデルを提案できればと思っている。

ORは軍事に端を発しているが、軍事とスポーツとは多くの共通点がある。「勝つ」ということを目標とした時、実戦でORの手法を活かせる場面が将来益々広 がっていくであろう。ただ、私が言っても誰も信用しないから、古人の言を借りると、孫子曰く「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況んや算無きに於い てをや。」ここで「算」をどう解釈するか、秋の夜長暇つぶしに考えてみるのも一興であろう。


※本文は「国立競技場」平成16年9月号に掲載されたものを転載しました。

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