第13回  スポーツ医学における臨床検査の役割

 

熊井 康こ(スポーツ医学研究部)

 


はじめに

  臨床検査技師という職業は、病院内でも比較的目立たない職種であ るようで、JISSのスポーツクリニックで臨床検査を担当している私も、選手からどのようなことをしているのかと質問されることが度々あった。そこで、こ の場をお借りして、臨床検査技師とは何か、さらにスポーツ医学における臨床検査の役割は何かについてご紹介したい。

臨床検査技師とは

写真1 運動負荷試験
写真1 運動負荷試験
 

 臨床検査技師とは、国家試験に合格した後、厚生労働大臣より免許 を受けて、様々な医学的検査を行う者である。臨床検査の業務は大別すると、患者に直接触れることなく行う検体検査と、患者に直接触れて行う生理検査の2つ に分けられる。検体検査は、血液、尿、糞便、喀痰、組織の一部等を採取し、試験管内の反応や顕微鏡観察を通じて調べる検査で、生化学検査、血液学的検査、 微生物学的検査、免疫学的検査、病理学的検査などがある。生理検査には、採血、心電図検査、呼吸機能検査、脳波の他、超音波検査やMRIなどの画像診断検 査が含まれる。これらの様々な検査を行い、診察や治療あるいは病気の早期発見や予防を行うための重要なデータを医師に提供するのが臨床検査技師の役割であ る。従来の医療では、医師がトップに立ち、その下に看護士や臨床検査技師などの医療従事者が控えて診療を行っていて、医師以外の医療従事者はパラメディカ ルスタッフ(paramedical staff)と呼ばれていた。パラ(para)とは、“側面・補助”という意味であり、パラメディカルは医師の仕事を補助する職業であると考えられてい た。しかしながら今日では、医師中心主義の医療から患者中心主義の医療に切り替わり、医師以外の医療従事者との密接な協力が必要不可欠であるとの考え方か ら、医療“協同”従事者という意味でコメディカル(comedical)という呼称が用いられるようになった。臨床検査技師もコメディカルスタッフという 立場にいる以上、日常の臨床検査を正確に行うことはもちろんのこと、日常業務のなかから常に新しい検査や診断に結びつく検査法のヒントを得られるよう努力 することが求められている。

JISSの臨床検査部

写真2 血液検査の様子
写真2 血液検査の様子
 

 JISSスポーツクリニックの臨床検査室には私の他に1名の臨床 検査技師が常駐しており、トータルスポーツクリニック事業(TSC事業)、診療事業、医・科学研究事業の中でオーダーされる様々な検査を行っている。検査 室は一般病院でいう生理検査室の機能を持っており、主に、採血および血液検査、尿検査、安静時心電図、運動負荷心電図、24時間ホルター心電図、呼吸機能 検査、超音波検査などを2人の技師で行っている。血液や尿などの検体検査は何百項目とあり、全てをJISSで行うのは困難なため、一部の検査のみJISS 内で行い、残りはすべて外部の検体検査業者へ委託している。とは言え技師はただ採血するだけ、というのではなく、各診療科あるいは各研究プロジェクトから オーダーされた項目を見て、必要な採血管はどれか、すべての項目を検査するために必要な血液量は何mlか、採血後の最適な保存条件は何かなど、より正確な 検査結果を出すために必要な条件を整えている。特に採血は侵襲的で痛みを伴うため、選手に過度の緊張を与えないような雰囲気づくりに気を遣うとともに、量 不足や採血後の処理の間違いなどで再採血をすることのないよう細心の注意を払っている。いずれの検査も、検査終了後には報告書の作成、データや報告書の整 理とカルテへの貼付、電子カルテへのデータ入力などの作業を行っている。

臨床検査の意義

  一般臨床における臨床検査の目的には、診断の確立、病態の把握、 重症度や活動度の判定、治療効果の判定、経過の観察、などが挙げられる。一般臨床での検査は、なんらかの疾病をもつ者が対象であるという前提がある。しか しながら、スポーツ医学における対象者は、明らかな疾病をもたない者、見かけ上健康ではあるが何らかの疾病をもつ者、明らかな疾病をもつ者と幅広く、この ため、スポーツ医学における臨床検査の目的も多岐に渡る。JISSでは、トップレベルの競技者が対象であるという大前提があるため、ここでの臨床検査の目 的としては、メディカルチェックにおける潜在的異常の発見、運動許可の可否判定、運動負荷・トレーニングが身体に及ぼす影響の把握、コンディションの指 標、などが考えられる。現在、様々なスポーツ施設でもメディカルチェックを実施しているが、これら生涯スポーツにおけるメディカルチェックでは、一般的な 健康状態と突然死の原因となるような障害の有無、いわゆる生活習慣病のチェックや冠動脈疾患のチェックが主となっている。これに対し、JISSでアスリー トを対象に行うメディカルチェックでは、効果的なトレーニングの実施や試合でのパフォーマンス発揮に支障となるものを早期発見し、状況を把握することが目 的となる。このように、主目的は異なるが、アスリートであっても様々な背景があり、当然のことながら一般臨床における検査の視点も忘れてはならない。

スポーツ医学における検査値の考え方

 血液検査では、各項目に基準値があるのをご存知だろう。以前は 「正常値」といわれていたが、この正常値内であっても、全て健常であるとの判定は現実的に困難であること、実際に健常であっても約5%は異常値を示すこと などから、現在では「基準値」と表現されるようになった。これら基準値のうち大部分は、安静時の採血を前提として設定されている。しかし、スポーツ医学、 特にアスリートでは、安静時の採血でも検査の結果が一般的な基準値内に当てはまらない場合が多い。検査前に行ったトレーニングの影響を受けている可能性が 高いためである。そのため、検査のタイミングとトレーニングとの時間的関係を明確にすることが特に重要であり、前日や直前にどのようなトレーニングを行っ たか、試合であったか、減量中でないかなどの情報を得ることで、結果の解釈に役立てる。スポーツ医学においては、検査の結果が基準値内にあるかどうかとい うことだけにとらわれず、トレーニング期や試合期などある一定期間内の個々の変動範囲をとらえて個人の変動幅と変動パターンを知り、その時々の検査結果が 個人の変動範囲を逸脱していないかどうかをみることの方がより意味を持っていると言える。

おわりに

  対象がアスリートのみという特殊な環境にいることで、スポーツ医 学における臨床検査の重要性を改めて感じた。一般臨床とは違い、明らかな疾患をもたない場合がほとんどであるが故に、微妙な変化をとらえるのも非常に困難 だが、今後個人のコンディション把握に有用な指標やオーバートレーニング症候群などの早期診断に役立つ検査法を開発していきたい。また、それによって冬の 時代と言われる臨床検査業界にも貢献できたら、と考えている。


※本文は「月刊国立競技場」平成16年1月号に掲載されたものを転載しました。

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