第8回 野球を科学する
はじめに
野球のプレーは投、打、走といった動作で構成され、より速いボールを投げる、より強い打球を打つことが最も重要となる。そのためにはどのように投げ、打 てばよいのか、また身体のどの部分を鍛えればよいのか、という動作と体力の面について検討しなければならない。
動作の分析方法
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図1. 動作分析時の高速度ビデオカメラによる撮影 |
投、打動作とも非常に短い時間で完結する速い動作であるため、その分析には1秒間に数百コマの撮影が可能な高速度ビデオカメラを使う。また、投、打動作 では、身体を回転させるため、一方向から撮影しただけではその特徴をとらえることができない。このような動作を分析する場合、少なくとも2方向から撮影 し、それぞれの映像から1コマずつ肩、肘、手首など、各身体の関節点の位置を記録し、実際の空間における3次元座標を計算するという方法を用いる(図 1)。以下、投、打動作について分析結果を紹介する。
投動作の分析
一流選手の腕の動きをボールリリースの0.2秒前ぐらいからの肩、肘関節の角度変化で解説すると次のようになる。肘関節は60度ぐらいまで曲がり、それ から一気に伸展して、リリース時点ではほぼ伸びきる。肩関節の内転/外転角度、水平内転/外転角度はあまり変化がなく、肩に対する肘の位置はあまり変わら ない。内旋/外旋角度はリリースの0.03秒前ぐらいに約90度まで外旋された後、急激に内旋され、リリース時点ではこの内旋運動がボール速度に対して最 も大きな貢献をすることが示されている(図2)。そして、投球スピードの速い選手は遅い選手に比べて、肩関節の外旋角度が大きいこと、内旋、肘関節の伸展 速度の高まりが早いことなどが報告されている。
腕の動きは速すぎて肉眼では確認できない部分もあるが、このように分析すると、動作を改善するための手がかりを得ることができるのである。
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図2. 投動作中の肩、肘関節の角度(0秒でボールリリース) |
打動作の分析
打動作の分析では、バット、肩、腰などの回転角度を算出し、身体の回転がどのようにバットに伝わっていくかを検討する。図3はプロ選手(左打者)がイン コースのボールをライト方向へ引っ張ったときと、アウトコースのボールをレフト方向へ流したときの腰、肩、バットの角度(グラフ)と打者の上から見たバッ トの軌跡を表している。テイクバックの際はあまり角度に変化がなく、インパクトの0.1~0.2秒前から腰、肩、バットが順に回転し始め、肩が腰を追い越 し、バットが肩を追い越して最終的にはバットの運動エネルギーが大きくなる。そして、引っ張ったときは早めに肩、バットが回転し始め、インパクト時にはよ りライト方向を向いている。しかし、腰の角度はインパクトまでほとんど差がない。このようにプロ選手では、投げられたコースに合わせて腰の角度は変えず、 肩、バットの角度を調節して打つことが可能であることがわかる。
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図3. 打撃時のバット、肩、腰の角度(0秒でインパクト)とバットの軌跡 |
野球選手の体力特性
投、打動作を遂行するための大きなパワー源は大腿、体幹部の大筋群であり、一流選手ではその発達が著しい。そして、野手(投手以外を呼ぶ)は投手に比べ ると上半身の筋群の発達がより顕著で、発揮パワーも大きい。これは、投動作の際に腕は高速で動くため、腕の筋群は大きな力を発揮できず、また筋が発達しす ぎると腕の重量が増し、加速に不利となるので、投手は上半身を野手ほど鍛えていないことが要因であると考えられる。一方、打撃においては、ボールを打ち返 す際に大きな力を発揮する必要があるため、野手は投手よりも上半身のトレーニングを積極的に行っていることが推察される。一流投手の中には細身の選手もい るが、ホームランバッターはたいてい体重が重く、筋の発達が優れているということはよく知られている。
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図4. 右投手の体幹部のMRI画像
(身体の下から見た画像なので左右は逆になる) |
また、投、打動作は、利き手によって身体の回転方向が異なる左右非対称の動作である。そのため、筋の発達に左右差が生じ、特に体幹部分でその傾向が強く 現れる。図4は右投手(プロ)の体幹部の断面(MRI画像)であるが、矢印に示した外側腹斜筋群の断面積は右に比べて左側が大きいことがわかる。そして、 この傾向(左投手では右側が大きい)はJISSで測定を行ったほぼすべての投手で観察され、野手でも右投げ右打ちの選手は右投手と同様の傾向の選手が多 かった。右投げ(打ち)では体幹部をはじめ右に少し回転させた後、左に大きく回転させ、左側の筋群はこの切り返しの際に伸張性収縮をして力を発揮するた め、トレーニングと同様の効果が現れたと解釈される。
まとめ
一流選手の特徴を解説するだけでは、どうすれば高いパフォーマンスを発揮できるか、に対する答えとはならない。しかし、このような研究結果はいくつもの ヒントを与えてくれる。今後さらにデータを増やし、個々の選手の特徴をそれらのデータと照らし合わせて的確なアドバイスをすること、それによって生じた変 化を継続して分析していくことが、選手のパフォーマンス向上につながると考えている。
※本文は「月刊国立競技場」平成15年10月号に掲載されたものを転載しました。
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