特別編 中国のタレント発掘の現状
~中国スポーツの強さに触れる~
浅見 俊雄
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あさみ・としお
1933年生まれ.
国立スポーツ科学センター長.
(財)日本サッカー協会顧問、
アジアサッカー連盟規律委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員など.
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去る3月18日から22日までの4泊5日で、北京に出かけてき た。国立スポーツ科学センター(JISS)の医・科学研究事業のプロジェクト「タレント発掘に関する研究」で参考とした文献に、中国で1987年から90 年代にかけて行った全国的な研究成果をまとめた「スポーツタレントの科学的選抜」があり、この研究自体をどう行ったのか、その後の研究の発展はどうなって いるのか、またこの成果がスポーツ現場にどう生かされているのか、さらに北京オリンピックに向けてどんな取り組みがなされているのかを調べに行ったのであ る。
メンバーは、私のほか高橋英幸先任研究員、久保潤二郎、岩本陽子契約研究員の4人である。この研究を中心となって推進した中国体育科学研究所に、調査の 目的を伝えて北京での訪問先や日程の調整をしていただいた。また通訳には私と旧知の仲で気心の知れている中国情報研究所の張敏先氏にお願いしたい旨を研究 所に伝えて、これも聞き入れてくれた。
■調査概要
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体育研究所では、研究の責任者で既に退任しておられる高大安氏と譚修徳氏に当時の研究のこととその活用についてお聞きすることが出来た。北京体育大学で は当時の研究でも中心的役割を果たし、現在北京オリンピックに向けて進めているタレント選抜研究の責任者である荊文華教授と長時間にわたって面談すること ができた。
ナショナルレベルのトレーニング現場でコーチから話を聞きたいという事前の依頼については、バドミントンと卓球のナショナルチームのトレーニングは見学 することはできたが、コーチとの面談はかなわなかった。多少時間もあったので、業余体育学校を訪問できないかと張さんに頼んだところ、すぐに手配してくれ て、北京市東城区の学校を訪ねることができた。さらに張さんの友人である柔道女子ナショナルチームのヘッドコーチの程志山氏にも面談することができた。こ こではその一つひとつについて紹介する余裕はないので、総括的、概略的な報告をさせていただきたい。
■タレントの選抜基準
中国のタレント発掘に関する研究は1970年代から研究者の個人ベースで始まり、1987年から国家的なプロジェクトとして取りあげられて、体育科学研 究所が中心となって体育大学や地域の研究所など多くの研究機関の研究者が関わって全国的に調査研究が行われた。その結果をまとめたのが前記の本である。
それぞれの競技で、発掘のために重要と思われる形態、機能、心理、競技成績、コーチの主観的評価など10~15項目が選ばれて、年齢ごとに1級から5級ま での5段階で評価する基準が示されている。しかもこの年齢は暦年齢ではなく、生物学的な発育の程度を表す骨年齢(手掌のX線写真から評価する)で表示され ている。本の発刊された1992年以降にも種目によっては改訂がなされているようである。
これがどう利用されたかは競技種目によっても異なるようだが、コーチが競技者を選ぶ際の参考にされているようである。業余体育学校の入学者の選別や、さらに上級の学校やチームに選ばれるときには、この基準も使われているという。
■エリートが集まる業余体育学校
ところで業余体育学校というのは、中国のジュニアスポーツエリートの通うスポーツ学校である。ここでタレント発掘と競技者の育成が行われている。北京には 各区に一つ(東城区には二つ)あって、さらに上級の学校が二つある。子どもたちは午前は普通の学校に通って午後スポーツに来る子どもと、学校の授業もこの 業余学校で受ける子どもがあり、寄宿生活をしている子どももいる。体操などは学齢期前の3歳から通っている。地区の幼稚園や学校から推薦されたり、業余学 校のコーチが巡回してタレントを捜してくる。ちなみに業余とは余暇の意味である
訪問した学校は陸上、競泳、サッカー、柔道など13種目に約1000人の生徒数で、300人ほどが寄宿しているという。コーチが51人、普通の授業の先 生が21人いるということだった。ここからさらに上級の業余学校、さらに市の選抜チーム、州の選抜チーム、ナショナルジュニアチームと選抜されていくこと になる。この選抜の時に先の基準値も参考にされているということのようである。こうした業余学校は全国の都市部にだけあり、生徒数は全部で40万人程にな るという。これが人口9億人の農村部まで及んだら、中国の国際競技力はさらに向上するであろう。
■北京オリンピックに向けて
現在は子どもを対象とした発掘ではなく、2008年の北京オリンピックに向けて、そこで活躍するであろう競技者の選抜のための測定が行われている。競技 種目もオリンピックでメダルが期待できる15種目が選ばれて、現在の代表レベルからジュニアまでの1種目120~350人程度を対象に測定が行われてい る。この対象にはサッカー、バレー、バスケットは入っていない。メダルへの可能性が低いということだけではなく、ゲームの内容が複雑すぎて種目特性に合わ せた測定項目の選択が難しいことに加えて、競技人口が多いことからコーチの目で十分選択が可能であるということのように思われた。
種目特性に合わせ、コーチの意見も十分聞いて測定項目を決めているようだが、内容についてはまだ発表できる段階ではないと教えてもらえなかった。国の重 点研究に位置付けているということで、外国には知られたくないという面もあるのだろう。生理学、生化学、心理学的な測定を重視していることと、生化学の測 定には成長ホルモンや性ホルモンも含まれていること、2、3日かかる測定であること程度は探ることができた。
■終わりに
タレント発掘から育成までのシステムがきちんと構築され、しかも科学的側面からの支援体制が整備されていて、それをコーチも積極的に活用していることなど、中国スポーツの強さの一端に触れることのできた旅だった。
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