ツルのひとこと

 

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第11回 箸とスプーン

浅見 俊雄

 

  浅見俊雄イラスト
  あさみ・としお
1933年生まれ.
国立スポーツ科学センター長.
(財)日本サッカー協会顧問、
アジアサッカー連盟規律委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員など.

 韓国で韓国料理店に入ると、まず金属製の細い箸と丸くて浅いスプーンとが出てくる。

 これよりは太めの木の塗り箸か割り箸になれた日本人には、なんとなく冷たくて使いにくいという印象のするものである。特にご飯はこの箸ではなんとも食べにくい.

 韓国の人はどうやって食べるのかと見ていると、ご飯をスプーンで食べている。それも食卓の上の茶碗を手で抑えることはしても、日本人のように持ち上げる ことはしない。そしてスプーンに入れたご飯ごと味噌汁などのスープに浸して食べていることも多い。日本でそういうことをやったらみっともないと怒られるだ ろう.

 最近、韓国で長年暮らしていた日本人に、この辺の風習の違いについて面白い話を聞くことができた。韓国人から見れば、日本人が茶碗を手に持って箸でご飯 を食べるのははしたないことだというのである(箸で食べてもはしたないとは)。そして昔韓国からさまざまな文化や物事を日本に伝えて、箸もその一つだが、 スプーンを伝えなかったので日本人はそうした無作法なことをするようになったというのだそうである。

 そういわれれば、日本の食卓にはスプーンはない。あってもそれは子供用である。茶匙や薬用のものは古くからあったろうが、食事用のスプーンは洋食ととも にフォークやナイフと一緒に伝来するまで、日本では用いられなかったのかもしれない。さじという呼び名も茶匙(さし)からきている。

 日本の米が粘りのあるものだったのもスプーンを必要としなかったことにつながるような気がする。それでも食卓に置いた茶碗から箸で口に運ぶには距離があ りすぎてこぼす恐れがあるので、手で持って距離を近づけるという方法とったのだろう。まして味噌汁などはお椀に口を付けなければこぼれてしまう。こうして 食器を手で持ち箸だけで食事をするという日本独特の文化が形成されたのだろう。

 匙が中国や韓国から伝わらなかったということは考えにくいから、なぜ日本人は匙を使わなかったのかということは、文化の伝播や民族独自の文化形成という 視点でも面白いテーマだし、易しさを捨ててより難しいスキルを選んだのはなぜかということもスポーツ科学者としては興味あることである。

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