第9回 発音とアクセントに見る異文化
浅見 俊雄
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あさみ・としお
1933年生まれ.
国立スポーツ科学センター長.
(財)日本サッカー協会顧問、
アジアサッカー連盟規律委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員など.
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前2回言語のことを取り上げたので、その流れで言語と切り離せない発音と アクセントのことを書いてみたい。だいぶ前のことだが、中国に行ったときについてくれた通訳が朴春蘭という女性だった。日本語読みでは「ボクシュンラン」 だが中国読みは当然違って、カナで書けば「ピャオシャンラン」だという。そこで私が「シャンラン」と呼ぶと、彼女はまったく返事をしてくれない。私の発音 が彼女の名前とは違うから返事をしないというのである。「シュンラン」と呼べば「ハイ」と素直に返事をしてくれるのにである。彼女の発音を何回も真似して いってみたが、結局返事をしてもらえなかった。音(オン)のはるかに多い中国語を日本語流に発音するのは所詮無理なのであろう。
9月末にアジア大会直前に開かれたスポーツ科学会議にプサンに行ってきたが、英語表記がいつのまにかPusanからBusanになっていた。韓国語の音 ではPよりもBに近いからということのようだ。でも日本語表記では今もプサンである。ハングルが正確に表している韓国語の音を、ローマ字やカナで表記する ことは土台無理なのである。
こんなことを考えているうちに、私が英語圏の人に自分の名前を言うときには、日本語のように平板にアサミとは言わずに、アサー ミとサにアクセントをつけ、しかも長く発音していることに思い当たった。私だけでなく日本人の多くは日本語の固有の発音ではなく、相手がそう発音するであ ろうアクセントをつけているのではないかと気がついたのである。英語で外国人と話すときは東京も横浜も平板にではなく、トーキョー、ヨコハーマと日本語とは違う発音をしている人の方がはるかに多いのではないだろうか。
また外国人にヨコハーマといわれても日本人は横浜のことだと理解するだろうが、日本人が外国の固有名詞を 平板な発音でいっても、たぶん理解してはくれないだろ。ロンドンのウエストケンシントンをこのまま平板に言ってもまったく通じないが、上杉謙信といえば通 じると聞いて、つい武田信玄といってしまったというジョークはこの辺のことをうまく表したものである。
この辺にも彼我の文化の差があって面白いといえば面白いのだが、発音に限らず、日本人も相手のことばかり気にせずに、少しは我(が)を出してもいいのかとも思うのである。 |