スポーツと二人三脚

第34回 100人の金メダリストの集い 2008年3月28日

笠原 一也


  国立スポーツ科学センター センター長 笠原 一也
  かさはらかずや
1938年 埼玉県生まれ
国立スポーツ科学センター長
和歌山県保健体育課長,文部省競技スポーツ課長,JOC事務局長、東京女子体育大学教授など歴任し現職.

2008年、オリンピックイヤーである。第29回オリンピック大会が中国、北京市で開催される。そこで少し古い話になるが、オリンピックの話題として1996年に開催されたアトランタオリンピックでの出来事を紹介してみたい。

開会式前日、アメリカオリンピック委員会(以下USOC)とそのスポンサーのゼロックスが共催で、近代オリンピック100周年を記念しUSOC独自の行 事として、アメリカ代表で活躍した100人の金メダリストを招待して開催されたパーティのことである。

そのパーティには、サマランチIOC会長を含むIOC主要メンバーに加えて、2年後の1998年に長野オリンピックが開催されることもあって、長野オリ ンピック組織委員会(以下NAOC)のメンバーも招待され、小林NAOC事務総長や私も参加することとなった。

何がなんだかわからないままの参加だったが、カクテルパーティが始まり、その中に金メダルを模したメダルを首にかけた人々がいて、なんか見たことがある なあと思っていた。ディナーパーティの会場に移ると、メダルを掛けた人々はなんとかつての金メダリスト達で、用意された100台のテーブルに1人ずつ着席 し、そのまわりを囲むようにして、10人位ずつ我々を含む招待者たちが席に着いたのである。

金メダリストを含む約1、000人を超えるディナーパーティは、それは壮観であった。見わたすと見覚えのある顔々である。フィギュアスケートのクリス ティ山口選手、バスケットのマジック・ジョンソン、水泳のマーク・スピッツやショランダー、マラソンのフランクショウター等々、驚くことに翌日の開会式で 聖火の最終ランラーを努めるボクシングのカシアスクレイ、水泳女子自由形に出場するジャネット・エバンスの顔も見えた。

100人の金メダリストを集めてしまうUSOCの凄さを見せられたのだが、セレモニーの中で我々も壇上で紹介された。金メダリスト達は用意されている傾 斜したひな壇に1人ずつ登り紹介され、100人の選手の顔が全て見えるように工夫されていた。
手元には、表紙に「100 GOLDEN OLYMPIANS」と書かれたA4版、240ページ、見開きで右ページに選手の写真、左ページに選手の紹介が詳しく乗っている記念誌が配布され、見比べ ながら金メダリスト達を確認することが出来るようになっていた。
私も以前、水泳選手だったこともあったので東京オリンピックで大活躍をし、水泳の申し子と呼ばれたショランダー氏のところに駆け寄って、その記念誌の同氏のページにサインをしてもらった。その記念誌は今でも大切に書棚に飾ってある。

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