スポーツと二人三脚

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第8回 長野オリンピックとボランティア 2006年1月20日


笠原 一也

 

  国立スポーツ科学センター センター長 笠原 一也
  かさはらかずや
1938年 埼玉県生まれ
国立スポーツ科学センター長  
和歌山県保健体育課長,文部省競技スポーツ課長,JOC事務局長、東京女子体育大学教授など歴任し現職.

 第20回冬季オリンピック、トリノ大会が近づいてきた。長野オリンピックが開催されて8年。一昔前の話となるが、長野オリンピック時のボランティアのことについて紹介してみたい。

 今日、オリンピック等の国際大会から地域のスポーツ大会まで、ボランティアの協力なしには開催できないといっても過言ではないほど、その存在は大きなも のになっている。1998年の長野オリンピックの成功は、日本選手達の大活躍はいうまでもないが、3万人を越えるボランティアの協力も忘れることができな い。長野オリンピックは多くのボランティアによって支えられたのである。

 長野オリンピックは、天候不順、過剰警備、交通渋滞、市民(観客)不在等々多くの課題を抱えたが、ボランティアの協力のもと課題を素早い対応で処理することができ、IOC委員を始め多くの関係者から高い評価を得たのであった。

 特に、天候不順で競技日程の変更が生じたため、競技場の整備など夜を徹して行った結果、翌日には競技が支障なく開催できたことなど、黙々と働く勤勉な日本人ボランティアに対しIOCの関係者から感謝の言葉が絶えなかった。

 このことに感激したサマランチIOC会長(当時)の強い要望で、日本人ボランティアの方々に対し感謝の記念バッジが送られたことは、あまり知られていないうれしい話である。

 サマランチ会長は、オリンピック会期中に行われた贈呈式で「この感謝の記念バッジはIOC本部のあるローザンヌから運んできたもの」との言葉と共に各ボランティア代表者に手渡した。

 そして、閉会式の挨拶では「史上最高の冬季大会」と絶賛し、「大会の成功には二つの要素がある。一つは円滑な運営。もう一つはホスト国の選手の活躍だ。」といわしめたのであった。


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