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岩上センター長のひとことコラム「散歩道でふと」

岩上前センター長のひとことコラム


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投稿者: host
2011/09/30 16:20

  国立スポーツ科学センター(Japan Institute of Sports Sciences)は、間もなく創設10周年を迎えようとしております。10月20日には、JISSスポーツ科学会議と記念式典を、翌21日には、日・中・韓3カ国を中心にアジアスポーツ科学会議を予定し現在その諸準備を進めております。

  また並行して10年間の歩みとなります記念誌づくりにも取り掛かっておりますが、資料収集を含めて結構大変な作業となっております。先日、歴代センター長(浅見先生、笠原先生)にお越しいただき、記念誌に掲載する座談会を行いましたが、お話を伺いながら改めて当時のご苦労を感じた次第であります。

  創設までの経緯を振り返りますと、強化練習の場とスポーツ医・科学研究の場を一体的に考えていく構想は、1964年の東京オリンピック以前からあり、当時も文部省の保健体育審議会で議論がなされたり、日本体育協会を中心にスポーツ関係者から国に要望が出されておりましたが実現には至りませんでした。その後も関係者が必要性を訴え続け、1972年の保健体育審議会答申で、体育・スポーツに関する独立した研究機関の設置を提言、1980年頃から文部省で「国立総合体育研究研修センター(仮称)」の検討がなされ、その後1987年の臨時教育審議会の第3次答申を受ける形で、1988年文部省に「国立総合体育研究研修センター(仮称)」設置準備調査協力者会議」が設けられ、漸く具体化に向けた動きが本格化してまいります。この会議において名称も今日の「国立スポーツ科学センター(仮称)」に、設置目的も国際競技力向上に特化した研究とサポート施設へと明確なコンセプトが提示され更に、実現に向けた動きが加速されることになります。

  しかしながら、またまた障害が待ち受けておりました。嬉しいような悲しいような気持ちですが、長野市が進めていた冬季オリンピック招致が1991年に決定され、オリンピック会場建設の優先度が高く、一休みせざるを得なくなるわけです。

  このように半世紀の歳月を費やし紆余曲折を繰り返しながらも1998年、漸く西が丘に槌音が響きだし正真正銘の本体工事が始まります。それに伴い仮設事務所内に設置された準備室では、工事関係者との調整はもとより開所に向けた準備作業が熱気を帯びてまいります。2001年2月、約2年半を要した工事も終了し、「日本のスポーツを強くしていきたい」との思いの中で10月の開所を迎えることになります。

  当時を思い起こすと設置場所の選定にも時間がかかりましたし、丁度、国が行財政改革に着手しており財源の確保なども含め様々な課題もありました。そうした状況下の中で実現に向けた動きを加速させた要因は、オリンピックでのメダル獲得数の減少傾向が続いたことや1982年のニューデリーでのアジア大会で初参加の中国に王座を奪われ、更には1986年のソウル大会では韓国に後塵を拝するなどアジアのスポーツ大国としての自負心が崩れていくことへの危機感が背景にあったと思われます。

  強豪国といわれる国々は、国からのバックアップを受けながらスポーツ科学研究と各競技の専用トレーニング施設を一体的に整備するなど強化環境の充実を従前から図ってきており、国際競技力の長期にわたる低落傾向に歯止めをかけ、更に世界の上位を目指していく上でも同様な施設が一刻も早く整備されることが切望されたわけであります。

  これからの10年、夏季がロンドン、リオデジャネイロ、東京都が招致を進めている2020年と冬季はソチ、平昌と5回のオリンピックが予定されております。JISSは、これまでの10年の歩みを大切にしながらも、創設に傾けた情熱を忘れず豊かな発想を持って、日本のスポーツ界を縁の下から支えてまいります。

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