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所蔵品の紹介

ユニホームとスパイク   トーチホルダー   男子用水着
日本初参加の
ユニホームとスパイク
三島弥彦(陸上)
第5回ストックホルム大会
1912年
聖火リレー用
トーチホルダー
第11回ベルリン大会
1936年
男子用水着
第10回ロサンゼルス大会
1932年
講道館柔道の祖、嘉納治五郎を団長に陸上短距離(三島)とマラソン(金栗四三)の2名が初参加した。 成績は振るわなかったが、日本オリンピック史の礎を築いた。 オリンピック初の聖火リレー。 ナチスドイツがヨーロッパ侵攻の偵察のためにはじめたという説もある。 当時は合成繊維がなかったため絹製であった。 高価であったため1人1着の支給がされずに使い廻ししたという。 練習ではフンドシであった。

 

レスリングユニホーム   フィギュアコスチューム   サッカーユニホーム
レスリングユニホームと
シューズ
石井庄八
第15回ヘルシンキ大会
1952年
フィギュアスケート
コスチューム
稲田悦子
第4回ガルミッシュ・
パルテンキルヘン大会
1936年
サッカーユニホーム
松永 行(あきら)
第11回ベルリン大会
1936年
日本とドイツは第14回ロンドン大会には第2次世界大戦を巻き起こしたという理由で参加を許されなかった、戦後初参加はこの大会で、唯一の金メダリストとなった石井のユニホームである。 当時、オリンピック史上最年少の12歳で出場し、26人中10位となった。 日本サッカーは、この大会に初参加した。 1回戦の対戦相手は優勝候補であったスウェーデンであったが、 3-2で勝ち「ベルリンの奇跡」と今でもスウェーデンで語り草となっている。 その時逆転ゴールを放ったのが、松永であった。 ベルリン大会のユニフォームは、サッカー日本代表の現存する最古のユニフォームである。 その後、松永は第2次世界大戦で戦死した。

 

雨天用サッカーボール   聖火トーチ
雨天用サッカーボール
第18回東京大会
1964年
聖火リレー用トーチ
第18回東京大会
1964年
通常は茶色のボールであったが、雨天の場合に目立つように黄色のボールとなった。 ボールの縫い方は今と違い短冊形であった。 トーチホルダーは柳宗理のデザイン。 最終聖火ランナーは広島に原爆が投下された日に広島で生まれた坂井義則であった。

 

デレゲーションユニホーム   柔道着
デレゲーションユニホーム
第18回東京大会
1964年
柔道着 山下泰裕(無差別級・金メダル)
第23回ロサンゼルス大会
1984年
選手宣誓を行った小野喬の着用したものである。 初めて赤いブレザーを採用したが「日本男子に赤い物を着せるとは何事か」などの抗議が殺到した時代であった。
※製作者情報については、現在調査中です。
第22回モスクワ大会の日本不参加のためオリンピックに参加ができなかった山下は、 次のロサンゼルス大会に出場し、 右足の怪我をしながらラシュワン(エジプト)と決勝戦を戦い金メダルを獲得した。 この試合はフェアプレー賞に輝いた。

 

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