ホーム > 知る・学ぶ > コラム > 過去コラム一覧 > スポーツ医科学論壇 > 第13回『なぜアイシングするのか?』

スポーツ医科学論壇

第13回 なぜアイシングするのか?


松田 直樹(スポーツ医学研究部)

 

 最近では街中で行われている子供たちのサッ カーの現場でも練習終了後に選手が自分でアイシングしている姿を見ることも少なくない。プロ野球選手やJリーグの選手などが、試合後や怪我をしたときなど にアイシングをしている姿がテレビ等でよく流れている影響でもある。スポーツを行うために非常に重要な筋や関節等を、アイシングという手段でセルフケアし ているのは、「根性と気合いで治す」時代と比べると大きな進歩である。でも、本当に選手と指導者はアイシングの効果と根拠、適応について理解しているので あろうか?「痛いです」「アイシングしろ!」「体がおもいです」「アイシングしろ!」「練習終わりました」「アイシングしろ!」「なんだか変です」「アイ シングしろ!」なんでもアイシングで、本当にいいのだろうか?

アイシングの様子  具体的な、アイシングに関する疑問点を挙げてみると「なんで冷やすことがいいのか?」「どれくらい冷やすのか?」「何を使うといいの?」「どこを冷やすの?」「害はないの?」など基本的なことをはっきり答えられる人は少ない。

 アイシングに詳しいケネス・L・ナイト氏の「クライオセラピー」では、冷却により血流を低下させ、(1)損傷組織の代謝を減らすことで二次的な組織の低 酸素状態と浮腫の量を減らす効果があると考えられている。また同時に神経の活動を下げ、痛みを緩和する効果についてもいわれている。

 このほかにも冷却により筋や靱帯・腱といった軟部組織の粘弾性を変化させ、外力が加わってもこれらの支持組織が伸びにくくなるといった報告もある。運動 により関節の温度が上昇すると関節の支持組織である靱帯が伸びやすくなり、関節が不安定になりやすいのだが、関節内温度を下げることにより靭帯の粘弾性が 上がり、靱帯が伸びにくくなる。

 外傷以外でのコンディショニングでは、運動で筋温が上がっている筋肉を冷却することで、筋が収縮しやすくなり発揮筋力が増大するということも報告されて いる。夏場の国体等でゲーム間のインターバルでクーリングジャケットという冷却ベストで体温を抑えて試合に望んでいるチームも見受けられるようになった。 同様に長距離走中に頭部を冷却することが、血中乳酸濃度を下げるという報告もされている。

 私が前に勤務していたJリーグチームでも実施していたが、今サポートしているユース世代のサッカーの代表チームでも特に気温の高いときにはハーフタイム には短時間であっても頭部や筋を冷却している。選手は「後半戦の最初は足が非常に軽く感じた」「翌日の疲労が違う」「終了直前にバテなかった」など主観的 ではあるが効果を実感している。一見ウォーミングアップの考えと逆行しているようであるが、筋には収縮しやすい適正温度があり、ウォーミングアップは冷め ている筋を運動でその温度まで上げる作業であり、パフォーマンスアップのためのクーリングは、上がりすぎた筋温を適正温度まで下げることで効率的な筋収縮 を生み出すことができると考えれば矛盾はない。

筋温とパフォーマンスの関係 筋には収縮しやすい適正温度がある
筋温とパフォーマンスの関係

 用語としては、外傷時に用いる冷却を「アイシング」、コンディショニングで用いる冷却を「クーリング」として分けて使用していることが多い。

 外傷のRICE処置(注参照)として用いるアイシングと、パフォーマンスアップを目的としたクーリングは同じように15~20分といった時間しっかり冷 やせばよいのだろうか?(注)急性期外傷処置の基本で、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上) の処置のこと 
RICE処置の際のアイシングは、筋をいかに低い温度で長時間保つかがキーポイントになる。パフォーマンスアップのクーリングは筋温を適正温度まで下げ ることが目的で、筋温を下げすぎると筋感覚の低下などの問題も発生し逆効果になってしまうこともあり、おのずとRICE処置のアイシングとは方法と手段も 異なってくる。

 またどの部位を冷やすかによっても関節内の温度には大きな違いが出てくることがわかっている。膝を例に挙げると膝の前面には膝蓋骨があり関節内への熱の 伝導が阻害されてしまう。膝の関節内を確実に冷やすには膝窩部も冷やしたほうが関節内に循環している血液の本管である膝窩動脈を冷却することができ効率的 である。またハーフタイム等のパフォーマンスアップのためのクーリングでは、運動を行う筋を直接冷しすぎると、筋感覚の欠如や筋の過冷却の問題もあり、筋 を直接冷やす場合はアイスバッグでガチガチに筋を冷やすのではなく5~10℃くらいの水で冷却することが効果的といえる。また氷などを使用する場合には直 接主動的な筋を冷やすのではなく、体幹部や頸部などを冷やすことで血液を冷やし、目的とする筋群全体が血流を通じて冷却されることが効果的である。

  またトレーニング後のアイシングにおいても、投手などにおいては冷やすと翌日「肩が重くなる」など言う選手もいる。コンディショニングとしてのアイシン グの場合時間的・温度的に冷やしすぎで逆に代謝機能が落ちてしまうこともあり、冷やす温度と時間を慎重に設定し、効果的なアイシング方法を探し出すことが 大切である。
  アイシングの副作用は主に凍傷と神経障害と皮膚の過敏性反応である。一般的に言われているように冷凍庫の氷は温度がマイナス20℃に達することもあり、 そのままアイスバッグに入れて使用すると皮膚表層が凍結してしまい障害が起こることも少なくはない。水を加えて温度を上げるか、製氷機の氷を使用して安全 に冷却する必要がある。
 膝の外側や肘など神経が表層を通過している部位においては神経障害が比較的長期にわたって残存することもあり、パッドを当てるなどの予防策が必要である。
 寒冷じんましんなどの寒冷過敏症には短時間のアイスマッサージや逆にアイシングシステムで温度を10℃位に設定した持続的な冷却など適応を考える必要がある。

 アイシングやクーリングの生理学的効果については科学的に研究されて普及してきたが、決してアイシングで組織が治癒するわけではないことを念頭におく必 要がある。外傷後には段階的なリハビリが必要であって、不十分な治癒でアイシングして痛みを感じなくして競技に復帰することは当然避けなければならない。

ページトップへ