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スポーツ医科学論壇

第3回 筋肉の科学からスポーツをみる


高橋 英幸(スポーツ科学研究部)

 



高橋英幸  スポーツ・運動は、筋肉を収縮させて身体を動かすことによって引き起こされる。言い換えれば、車がエンジンによって走るように、運動の動力源の役割を果たすのが筋肉である。

 ということは、エンジンの種類によって車の性能が決まるように、筋肉の特性によって運動の能力が決定されるのであろうか。筋肉だけですべてが決まってし まうわけではないが、競技パフォーマンスに大きな影響を及ぼすのが筋肉であると言っても過言ではない。

 また、筋肉はトレーニングや環境の変化などに対して非常に高い適応能力を有する組織である。ここでは、筋肉の適応能力とスポーツとの関係について、筋肉の質と量という二つの観点から述べてみたい。

速筋線維と遅筋線維
 最初に、筋肉の「質」について、筋肉の種類という点に焦点を当ててみる。筋肉は、無数の筋細胞(線維)によって構成される組織である。その筋線維には大きく分けて二つの種類があり、一つは速筋線維、もう一つは遅筋線維と呼ばれる(図1)。

図1.短距離選手とマラソン選手の筋繊維写真


 字のごとく、速筋線維は速いスピードで収縮する筋肉であり、発揮する力も大きい。しかしながら、持久力には欠けており、大きな力を長時間発揮し続けるこ とができない。逆に、遅筋線維は収縮するスピードは遅く、発揮する力も小さいが、疲労しにくいため、力を長時間発揮し続けることができる。

 人の筋肉ではこれらが混在しており、その数の構成比は筋肉の種類によって、そして、個人によって異なる。 したがって、上述したように速筋線維と遅筋線 維では全く特性が異なるので、この構成比が競技パフォーマンスに大きな影響を及ぼすということは想像に難くないであろう。

 様々なスポーツ選手の筋肉を実際に採り出して分析した研究結果でも、陸上短距離や跳躍、砲丸投げなどの一流選手は速筋線維の割合が高く、マラソンや水 泳、クロスカントリースキーなどの選手は遅筋線維の割合が多いことが示されている(図1)。 一方、球技種目などの選手は、速筋線維と遅筋線維の割合が半 々に近い人が多い。

 それでは、トレーニングによりこの構成比は変えられるのであろうか。答えは限りなく「ノー」に近い。

 速筋線維はさらに数種類に分類され、それらの構成比はトレーニングにより変化するが (紙面の関係上、詳細は割愛させていただく)、速筋線維と遅筋線維との間の入れ替えは、通常の生活、トレーニング環境ではほとんど生じることがなく、この 構成比は生まれながらにして決まっていると言わざるをえない。

 このことは、速筋線維の割合の高い人がマラソンを専門としたとしても、遅筋線維の割合の高い人が短距離選手を目指したとしても、一流の成績を残せる可能 性は非常に少ないということを意味している。しかしながら、筋線維の構成比だけが競技成績を決定する要因ではないので、ある競技に適した筋線維の構成比を 有していることは、あくまでも良い成績を残すための“必要条件”であり、“十分条件”とはなりえない。

トレーニングによる肥大
 次に、筋肉の「量」の観点から述べてみたい。図2には、一般人と陸上短距離選手の大腿部と体幹部の横断像を示した。このように、選手は一般人よりも筋肉 が発達しており、引き締まった身体をしていることが一目瞭然でわかる。選手は日々激しいトレーニングを行っており、それがこのような身体組成の違いを導き 出す。別な言い方をすれば、選手の発達した筋肉は、高強度のトレーニングに対する筋肉の適応の結果であると言える。

図2.MRIによる一般男性と短距離選手の筋肉比較


 筋力トレーニングを行えば、筋肉はその体積が増加、すなわち肥大する。これにより筋力も増加し、高い運動パフォーマンスが発揮できることになる。では、 この筋肉の肥大はどのような仕組みによってもたらされるのであろうか。筋肉の大部分はタンパク質で構成されており、筋力トレーニングなどによりタンパク質 の合成が促される。その結果、一本一本の筋線維が太くなり、これによって筋肉全体の体積が増加するのである。

 速筋線維と遅筋線維の構成比は変わらないことを先に述べたが、体積を考慮すると話は変わる。一般的に、筋力トレーニングによる筋線維の肥大率は、遅筋線 維よりも速筋線維の方が大きい。したがって、数が変化しないとしても、速筋線維の方がより大きく肥大することにより、相対的に速筋線維の体積の占める割合 が大きくなる。この意味では、筋線維構成比の“ある程度”の修正は可能であると言える。

競技種目による特異性
 異なる種目の選手で外見上の体つきが違うように、筋肉の形態の場合も、競技種目ごとに肥大する筋肉の種類や部位が異なる。

 例えば、陸上短距離選手などは、一般人や他の競技種目の選手と比較して、大腿後面の筋肉(ハムストリングや内転筋)が特に発達している一方、バレーボー ルやサッカー選手などは大腿前面の筋肉(大腿四頭筋)が発達している。これらは、短距離走の疾走中は大腿後面の筋肉が重要な役割を果たし、ジャンプ動作や キック動作では大腿前面の筋肉が中心的に使われることと関係しており、筋肉の形態の面でも競技種目特異性がみられる。

継続的なスポーツを
 ここで、筋肉量の負の適応に関しても述べてみたい。骨折などにより脚などを長期間ギプス固定した後で、骨折した脚が反対脚に比べて細くなっていることを 経験したり、見たりした人も少なくないであろう。トレーニングなどとは逆に、筋肉にかかる力が減少すれば、それに適応して筋肉は萎縮する。やっかいなこと に、この萎縮変化は、肥大に要するよりも短期間で引き起こされる傾向がある。

 すなわち、筋肉は不活動に対してより適応しやすいと言えるのである。全ての人に関係する、筋肉萎縮の最も身近な例は老化である。人の筋肉は、老化によっ て否が応でも萎縮していく。活動的で、自立した老後の生活を送るために、継続的にスポーツを行って筋肉を鍛え、筋肉の萎縮を抑制しておくことが重要である と考えられる。

最後に
 筋肉の持つ先天的および後天的な性質の一面を示しただけであるが、非常に興味深い特性を有していることがおわかりいただけたと思う。筋肉という視点からスポーツを眺めてみると、また新しいスポーツの楽しみ方が見えてくると思う。

※本文は「月刊国立競技場」平成13年3月号に掲載されたものを転載しました。

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