ホーム > 学校現場での取組(事故防止対策) > 仙台地域 > Web杜のたより 第42号(2015.10)

Web杜のたより 第42号(2015.10)

 
~街の復興と共に子供たちに学ばせたい防災教育~ 

岩手県宮古市立鍬ケ崎(くわがさき)小学校​

 海岸から約300m近くに位置する宮古市立鍬ケ崎(くわがさき)小学校は、 東日本大震災当時、欠席者を除く全児童が学校におり、校庭まで津波が押し寄せ、40cmの高さまで浸水しました。先生たちの迅速な判断で2次避難場所である裏山の熊野神社に避難し、全員が無事でした。
 あれから、5年目を迎え、当時1年生だった子供たちは現在6年生です。被災した経験を糧として、どのような防災教育の取組みをしているのか、北田 正校長先生にお伺いしました。
被災した子供たちへ配慮しながら、陸中海岸国立公園にある『浄土ヶ浜』との共存を実践し、そして地域の復興と共に未来に向かって進み、街の中心となって活躍してもらいたいという、学校の取組みを紹介させていただきます。

被災後に防災の観点から変更したことはありますか
 

震災当時は、裏山にある神社に避難しましたが、神社へと続く階段へ行くには、一旦海側へ向かわなければならないので、安全面を考慮して校庭の後方にある山道を整備して新たな避難路を確保しました。毎年3月11日を津波避難日に設定し、高台への避難訓練を実施しています。階段を登るスピードを落とさないよう、先に6年生から登らせ災害時に放送が使えないのを想定して、子供たちを誘導させるなどの工夫も行っています。また、震災前にはなかった、子供たちを保護者へ引き渡すマニュアルも作成し、引渡しの訓練も行っています。

 
新たに整備された校庭裏山に登る避難経路入口 ソーラーパネルで夜は明かりがつきます
避難場所を示す案内が複数個所にあります 高台に登る階段を下から撮影


学校内に 『3・11資料室』がありますが、どのような教室ですか
 資料室は、二つの部屋からなり、震災時の鍬ヶ崎地区の津波の被害を受けた写真等がある奥の部屋は、当時の嫌な記憶を思い出すことも考えられるため、被災した子供たちに配慮し、普段は施錠して入室できないようにしています。将来的には、被災経験のない子供たちもいずれ入学してくるため、地震や津波の怖さを学習するために開放していきたいと考えております。また、明治三陸大津波の際に幻灯会で使用していた、幻灯機※も保管しています。普段から開放している部屋には、子供たちが取り組んでいる防災学習の写真、校報『うしお』の記事が記載されており、また、津波防災カルタも置いてあります。

 ※1896年 明治三陸大津波が襲った夜に鍬ケ崎小学校では、幻灯会(映画会)が
 開かれており、多数の子供たちや地域の住民が参加していたそうです。地震の際に
 町長が家に帰ろうとする住民や子供たちを必死に引き止め、避難をさせて奇跡的に
 助かったという逸話があります。当時使用していた幻灯機が東日本大震災の翌年に
 避難所として開放していた学校の図書館の片隅で奇跡的に発見され、地震が起き
 たら、家に戻らないで避難するという教訓を風化させないため、3・11資料室に保管
 しているそうです。

 3・11資料室 入口  防災学習をしている写真を掲示
震災直後の学校の様子を記録している
校報『うしお』を掲示
 ※幻灯会で使用していた幻灯機
 

津波防災カルタについて教えてください
 平成18年度に卒業した子供たちが作成したもので、現在も防災教育の時間に、このカルタを使用しています。震災前は、このカルタで気軽に遊べたのですが、震災後は気が重くなるような内容や当時のことを思い出す内容もあるので、子供たちの様子を見ながら使用させています。また、普段からの意識付けも必要ということで、廊下に掲示し、地震や津波の怖さを子供たちに認識させています。盛岡市の小学校と交流学習をした際にもこのカルタを使用しました。
カルタの一枚:て 天災は 今すぐにでも やってくる
廊下に掲示されている『津波防災カルタ』  
カルタの一枚:ぬ 抜け道も 家族で確認 避難経路
カルタの一枚:ま 毎年続けよ 津波の訓練

カルタの一枚:め 滅多に 起きない 津波を忘れず

「五つの提言」 地震が来たら 迷わず高台へ逃げるべし 命を優先し 何があっても もどらぬべし 助け合い 人とのつながりを 大切にするべし 万一に備え 防災グッズを準備しておくべし 未来へ向けて 一歩一歩進むべし
   校長室や各教室に掲示されている 
『五つの提言』


どのような防災学習の取組みをしているか教えてください 
 津波防災マップは、卒業生が地域の住民と相談しながら一緒になって作成していましたが、津波により地域の地図も大幅に変わってしまったので、現在は使用していなく、3・11資料室に掲示されています。現在は、新しい防災マップを作成していますが、「津波シェルターがどこにあるか。」などわかりやすいマップを作成したいと思っています。また、大震災を記録に残そうと地域の住民の方々に「地震発生当日にどう身を守ったのか。」などの聞き取り調査を行い、『五つの提言』にまとめました。また、港の復旧工事の現場見学を行っています。津波の被害を受けた施設が復興していく姿を見ることで、子供たち自身も前向きな考えになり、復興していく姿を感じていくことも防災教育の一つとして大事なことだと考えています。
 

これからの防災教育について、また、どんな子供たちになってもらいたいかをお聞かせください
 震災を経験したことにより、地域の復興を感じながら学んでいけるという防災教育を実践しております。自分たちの地域を自分たちで守り、また、自分の命は自分で守るという考えのもと、しっかり街の復興を目の当たりにして記憶に残して学習をしてもらいたいです。また、本校は、近くに風光明媚な『浄土ヶ浜』があり、海とともに学んでいける環境にあります。震災直後は、海や波が怖いという子供たちもおりましたが、すこしずつ海や波に慣れさせるため、海での活動も行うようにしています。現在は、浄土ヶ浜マラソン大会を行っております。この浄土ヶ浜の美しさに誇りを持ち、復興を担う中心として成長していく姿を見守っていければと考えています。
 

取材を終えて
 震災から5年目を迎えましたが、校庭にはまだ仮設住宅があり、震災の爪跡が至る所に残っておりました。震災を乗り越えて、海と共存して学んでいる鍬ケ崎の子どもたちの前向きさ、そして地域の復興と共に子供たちの防災教育を実践している学校の取組みを、他の学校の参考にしていただければと思います。将来、子供たちが、街の復興の中心となって活躍することを願っています。
 

~災害共済給付によって得られた統計データの分析~
 
鍬ケ崎小学校での防災教育は『総合的な学習の時間』で行われていました。

ここでは、当センターの災害共済給付オンライン請求システムからわかる、岩手県内の災害(平成22年~平成26年)で医療費の請求があった、『総合的な学習の時間』の事例126件を抽出してみました。
 
①  学年・男女別件数比較
 1年男5, 1年女4, 2年男10, 2年女4, 3年男13, 3年女13, 4年男13, 4年女3, 5年男20, 5年女13, 6年男20, 6年女8
 ※『総合的な学習の時間』の災害は、男児の方が女児より多いことがわかりますが、学年差の特徴は特段見られませんでした。
(『総合的な学習の時間』は、3年生からの活動であるため、1、2年生の件数が少なくなっています(入力間違い等の理由で、数件カウントされています)。)



 ②  災害発生場所の割合
 学校外27%、学校内・校舎外16%、学校内・校舎内57%
 ※ 学校内・校舎内の災害が半分以上を占めることがわかります。
 

③ 『総合的な学習の時間 』における岩手県内での事例(小学校)

 事例1
新聞作りをしていた。教室の後方にあるパンフレットを取りに行こうとして歩いているときにストーブの灯油タンクの角に右手首をぶつけて負傷した。

事例2
米作りに、学校の近くの田んぼで稲刈をしていた時、誤って鎌で左薬指と左小指を切り出血した。

事例3
学区内の近隣公園の名前の由来を調べるために出かけた。その際に公園の出入り口に設置されている車止めに腰かけ、バランスを崩して後方にひっくり返り、地面に後頭部を打ち付けた。

事例4
ホタテの水揚げ作業の体験活動中、ホタテの貝殻を鉈で叩いている時に、ホタテの貝殻のかけらのような物が右目に入り負傷した。

事例5
体育館で太鼓の伝承活動を行っていた際,誤って右手で持っているばちで左手親指をたたいてしまった。

 

④ 岩手県内の避難訓練に関連したケガの事例(小学校)

 事例1
4校時の授業開始後、全校で避難訓練を実施し、クラス毎に校舎から出て、小走りで校庭に避難していた時、校庭の端にあったブロックにつまずいて転倒し、左肘を地面に打った。

事例2
業間休み中に、校庭でサッカーをしていた。ボールを後ろに蹴ろうと、足をボールに乗せたが、避難訓練のベルが鳴り、驚いてバランスを崩し転倒、足をひねり負傷した。

 

ページトップへ