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所蔵品の紹介

オリンピックのメダルたち

札幌大会・金メダル   長野大会・金メダル
金メダル
第11回冬季大会・札幌
1972年
金メダル
第18回冬季大会・長野
1998年
表が八木一夫、裏が田中一光デザイン。 メダルのデザインが顔のように見えるが、目のように見える所がスケートリンク、 鼻のように見える所がスキーのシュプールである。 冬季オリンピックは夏季よりも材質やデザインに対して規制が緩やかで色々なバリエーションがある。 長野の木曽漆を使用するとともにエンブレムである「スノーフラワー」は 七宝焼で競技種目をあしらっている。

 

第7回大会銀メダル   第8回大会銅メダル   第9回大会・金メダル
日本初のメダル(銀)
熊谷一弥(テニス)
第7回アントワープ大会
1920年
大会唯一のメダル(銅)
内藤克俊(レスリング)
第8回パリ大会
1924年
日本初の金メダル
織田幹雄(三段跳)
第9回アムステルダム大会
1928年
熊谷選手はシングル、ダブルスともに銀メダルとなった。 この当時、日本はウインブルドンなどでも活躍していた。 講道館柔道2段の内藤は、ペンシルバニア大学(アメリカ)に留学し、 レスリング部のキャプテン、全米学生チャンピオンになった。 オリンピック代表となった内藤はニューヨークからパリ大会会場へ向かった。 織田は世界新記録にこそならなかったが、15m21の記録で金メダルを獲得した。 この大会では入賞メダルのデザインが公募され、 イタリア人のジュゼッペ・カシオーリ(Giuseppe Cassioli)の作品が採用されて、 シドニー大会まで、このデザインが使用された。

 

友情のメダル   冬季第7回大会・銀メダル
友情のメダル
西田修平、大江季雄(棒高跳)
第11回ベルリン大会
1936年
冬季初のメダル(銀)
猪谷千春(スキー回転)
第7回コルチナ・ダンペッツォ大会
1956年
2位3位決定戦の時、日本人同士争うことをやめ、 帰国後に銀と銅を半分づつ分けあった。 このメダルはその大江の持っていたものである。 大江は次に開催される第12回東京オリンピック―1940年・中止となった―に向けて 戦地にスパイクを肌身離さず持っていたが、第2次世界大戦で戦死した。 天才少年といわれたダートマス大学(アメリカ)在学中の猪谷は、 大回転で11位となり、回転で日本冬季史上初のメダリストとなった。 優勝したトニー・ザイラーは俳優として活躍した。

 

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