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芝生の話 「なぜに国立競技場の芝生は美しいのか? 
~グラウンドキーパー汗と涙の奮闘記~」

第8回 「新生秩父宮ラグビー場ができるまで!」

 前回は「グラウンドキーパーと頼れる仲間達」と題して、芝生を管理する上で必要不可欠な機械や道具について、それぞれが果たす役割やその効果をご紹介しました。また、それらの機械や道具のメンテナンスについてもグラウンドキーパーの大事な仕事であることをお話しましたね。

 さて今回は、国立競技場のグラウンドキーパーが管理するもうひとつのグラウンド「秩父宮ラグビー場」の芝生張替工事特集!先日竣工したばかりの「新生秩父宮ラグビー場」について2回にわたってお話します。なぜ、ラグビー場は芝生を張替えなければならなかったのか?実際にどのような改修が行われたのか?「新生秩父宮ラグビー場ができるまで!」をご紹介します。

 秩父宮ラグビー場は、国立競技場に倣い平成5年度に、グラウンドコンディション向上を図るため、従来の土床構造から砂床構造(vol.4参照)に改修しました。その後、国立競技場同様に水たまりができることもなく、常に良好なグラウンドを選手に提供していました。しかし、改修から9年が経過し、ある異変が起こったのです。年月の経過とともに今まで見ることのなかった水たまりが出現するようになりました。また、すくすくと育っていた芝生が、少しずつ元気がなくなり、回復力が衰えていました。

 砂床に改修したはずのグラウンドになぜ水たまりが出現したのでしょうか?なぜ芝生は元気がなくなってしまったのでしょうか?これからその原因について考えてみましょう。

 国立競技場やラグビー場では、グラウンドコンディションを良好に保つために、2種類の調査を行っています。ひとつは、芝生本体の健康状態を調査する「芝草成分分析調査」。もうひとつは、芝生本体を支え、水分や栄養分の供給源となる土壌環境を調査する「土壌分析調査」です。グラウンドキーパーは長年の経験と勘に加え、分析調査によるデータをもとに芝生の維持管理に日夜努力しています。

 これらの調査からどんな結果が出たのでしょうか?グラウンドにできる水たまり、芝生に元気がない原因が隠されているのでしょうか?


■芝草成分分析調査■

 この調査では、主に夏芝について分析を行います。以前お話したとおり、夏芝は秋から冬にかけて休眠し、気温が上がり始める春に少しずつ芽を出します。元気よく芽を出し、グラウンドを覆い尽くすためには、たくさんの栄養分と体力が必要です。特に休眠から覚める春には多くの栄養分を必要とします。そのため、夏芝は休眠する前に栄養分を蓄えなければなりません。グラウンドキーパーは、夏芝が元気よく活動できるように、休眠する前にはたくさんの肥料を与えます。みなさんもきちんと食事をしないと元気が出ませんよね。また、たくさん食べることができたとしても、体が弱っていては、栄養分を十分に消化・吸収することはできませんし、体力も落ちてしまいます。

 夏芝が栄養分をどれだけ吸収し、吸収した養分をどれだけ活用・貯蔵しているかを分析することで健康状態を把握することができるのです。
 ではこの分析調査で、どんな結果が出されたのでしょうか?ラグビー場の芝生は、国立競技場と比較すると、驚くべき違いがあることがわかりました。
 下の表とグラフは、秩父宮ラグビー場と国立競技場の夏芝を2サンプルずつ採取し、貯蔵養分を経時的に調査したものです。

【夏芝貯蔵養分含有率】

   2000年 2001年
8月8日 9月5日 10月10日 11月17日 12月15日 2月26日 4月17日 6月19日
秩父宮1 110 59 54 42 64 23 48 49
秩父宮2 80 50 58 39 41 29 16 33
国立1 171 224 209 152 182 164 38 162
国立2 180 231 194 170 170 166 53 157

夏芝貯蔵養分含有率のグラフ

 秩父宮ラグビー場と国立競技場を比較すると、ラグビー場の芝生は、極端に貯蔵養分が少ないことがわかります。国立競技場もラグビー場も基本的に同じ肥料を使用し、同じ施肥量で管理しています。
 では、なぜラグビー場の夏芝は貯蔵養分が少ないのでしょうか?
 ラグビー場の夏芝は平成5年に張替えられ、国立競技場の夏芝は平成9年に張替えられました。ラグビー場のほうが4年長く利用さているのです。長年の利用によるストレスと冬芝との生存競争に耐えながら、少しずつ体力を消耗し、生長・回復力が衰えてきていたのです。
 ラグビー場では、国立競技場同様にウィンターオーバーシーディング(vol.2参照)を採用しているため、秋から春の間は冬芝を生育しています。夏芝は、秋から冬の間は冬芝の下に休眠しているので、春の芽を出す時期には冬芝を押しのけながら芽を出さなければなりません。寝起きの一番力のないときに上に他の草が生えていたら、起き上がるのは大変ですよね。毎年、毎年その繰り返しですから、夏芝は少しずつ衰えて、芽を出すのはもちろん、被覆力や回復力が低下します。グラウンドキーパーは夏芝が芽を出しやすいように、春には冬芝を間引いたり(コアリング)、引っかいたり(バーチカルカット)する作業を行なっています。それでも、少しずつ、少しずつ夏芝の勢いがなくなり、グラウンドコンディションを維持するのが難しくなってしまいました。
 そうです、夏芝は「老朽化」し、養分を吸収・貯蔵できなくなっていたのです。

*下の表は、夏芝と冬芝それぞれの生育期間を表したものです。夏芝が最も貯蔵養分を必要とするのは、3月~5月の芽を出す時期です。赤で示した「更新時期」は、夏芝が芽を出すのを助けるために行われる作業期間です。この期間に冬芝から夏芝への切替えを行います。

  1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
夏芝育成期                        
夏芝休眠期                        
冬芝播種                        
冬芝育成期                        
更新時期                        


■土壌分析調査■

 土壌調査では、土壌に含まれる養分の蓄積量や各養分のバランス等を分析する「化学性」と三相分布(vol.3参照)、通気性、透水性、土壌硬度等を測定する「物理性」のふたつの観点から分析調査します。
 化学性からみる土壌の状態は、下のグラフが示すとおり、リン酸やカルシウム、カリウムが過剰に蓄積され、養分バランスが悪化していることがわかりました。
 養分バランスが悪化(過剰・不足)すると、拮抗作用(養分同士が吸収を抑制する)や相乗作用(吸収を過剰に促進させる)が起き、欠乏症状や生長不良の原因になることがあります。

【養分バランス】
養分バランスの図

 物理性から土壌の環境をみてみましょう。以前にもお話しましたが、土壌は固相、液相、気相の3つの要素で構成されています。その3要素の容積割合を表したのが三相分布です。理想の三相分布は、固相50%:液相25%:気相25%です。では、ラグビー場の三相分布はどうだったのでしょうか?結果は固相50%:液相38%:気相12%です。固相率に変化はありませんが、液相率が上昇し、気相率が減少しています。この原因は一体なんでしょうか?「床土断面サンプル」をご覧ください。

【三相分布測定値】
三相分布の図

【床土断面サンプル】
床土断面の写真

 写真をご覧になって何かお気づきになったでしょうか?上から8㎝付近と8㎝以下の部分の色が違うのがおわかりになるでしょうか?上から8㎝の部分は、少し黒ずんでいて土のようです。それに比べ下の部分は、グレーがっかった砂に見えませんか?上から8㎝の土のような部分は「有機物層」と言われ芝生の根や茎、葉が腐食してできた層で土に近い状態になっています。土に近いということは、固まりやすく、水の吸着力が強くなり、排水不良になります。「土」による排水不良については、vol.4でお話した水たまりができる原理と同じです。三相分布測定値の液相率の上昇は、この有機物が原因だったのです。これは透水や通気の悪化の原因にもなっていたのです。この有機物層を取り除くためにコアリングを反復し、純粋な砂を入れましたが、それだけでは解消できない深さまで有機物が達していたのです。

 以上ふたつの分析調査から、夏芝の「老朽化」が養分を十分に貯蔵できず、芽を出す力が衰え、被覆力の低下を招いたこと、土壌中に「有機物が堆積」したことにより、三相分布バランスが崩れ、透水・通気が低下したという結果が出ました。
 このふたつの原因を解消するためには、芝生を新規に張替え、床土を排水性の良い砂に入れ替える必要がありました。グラウンドキーパーは常に良好なグラウンドを提供するため、グラウンドの全面改修を決意したのです。

 さて次回は、実際どのように改修が行われたか、改修45日間の全記録を余すところなくご紹介します。最新の技術とノウハウを駆使して改修された「新生秩父宮ラグビー場」の誕生です。お楽しみに!

 

 

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