ホーム > 知る・学ぶ > コラム > 過去コラム一覧 > 浅見前々センター長のひとことコラム

ツルのひとこと

 

ツル 浅見前センター長の
ツルのひとこと
バックナンバーはこちら>>

ツルの飛び去るとき 2005年3月29日


浅見 俊雄

 

  浅見俊雄イラスト
  あさみ・としお
1933年生まれ.
国立スポーツ科学センター長.
(財)日本サッカー協会顧問、
アジアサッカー連盟規律委員会委員、文部科学省中央教育審議会委員など.

 別に鶴の恩返しのように仕事場を覗かれたからではないが、髪の毛 を抜き抜き綴ってきたこの文も、今回で終わりを迎えることになった。髪の毛の減り方以上に脳細胞が減り続け、まだ生き残っているのも機能の低下が著しいと いう実感を持つようになって久しい。この間も重要な会議でそこにいる人の名前がでてこないで絶句するような状態になってしまった。

 私の恩師である加藤橘夫先生が生前よく語られていたことをいま思 い出している。先生によれば脳が衰えてくるとまず固有名詞を忘れ、次に普通名詞を忘れ、動詞を忘れるようになったらもうおしまいだというのである。家では 家内との間で、あれ、それという代名詞が飛び交っているから、もう固有名詞どころか普通名詞まで忘れるようになっているのである。

 ある友人からは、先輩から「ぼけてくると自分の衰えさえ気がつか なくなって、引き時を誤る人が多い。私はそういう見苦しいことはしたくないので、もしそうなった時は君がそのことをはっきり私に言ってくれ。」と以前にい われていて、今その人がそういう状態になっているのだけれど本人にはとてもいえないと悩んでいる、という話を聞いたことがある。

 そんなこともあって、私はJISSのセンター長をお引き受けしたときに4年間と心に決めていて、昨年春には文部科学省のスポーツ・青少年局長と日本スポーツ振興センターの理事長に、あと1年で辞めることを申し出ていたのであった。

 ということで3月末をもってJISSを退職するので、この文も今 回が最終回ということになった次第である。いろいろなところでいろいろな人に、読んでますよとか、楽しみにしてますという声をかけられて勇気づけられ、衰 えた脳をだましだまし書き続けることができた。ただかなり多くの人に「鶴の一声」と誤解されていたのは残念だった。第1回を読んでいただければ、権威者と しての一声ではなく、禿げてきた老人のつぶやきの一言という意味だと分かっていただけるのだが、こんなに誤解されるのなら、「ツルの独り言」とでもした方 がよかったかなと今は思っている。

 最後は勇ましく六方を踏みながら花道を下がっていきたいところだが、老いたツルは、いろいろ有り難うございましたという一言と、「クレーン」と最後の一声を残して、少なくなった羽根を懸命にばたつかせて、いずこへかよたよたと飛び立っていきました。おわり

ページトップへ