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投稿者: センター長 コラム
2013/08/22 13:38

 夏休みやお盆の時期は、通勤電車の密度も薄まり、ゆったりとした雰囲気を感じられます。何十年と続けた朝晩のすし詰め状況を懐かしむ時が、そう遠くない時期に訪れてくるのでしょう。今朝も多摩川の川辺でのんびりと釣り糸を垂らしている姿を羨ましくも思いながら吊革につかまり電車の揺れに身を任せ、退屈しのぎに単行本を片手に通勤です。
 携帯と睨めっこしている人が多く見受けられるようになりましたが、電車通勤の良さは本を読めること。ご多分に漏れず浅見光彦シリーズや十津川シリーズにはまっていた時もありますが、ここでは印象に残っている二つの作品をご紹介します。
 一つ目は「戦艦武蔵」、「長英逃亡」、「破獄」などの作品で、それぞれの時代背景の中で生き抜かれた人間模様を、史実とのコントラストを加味しながら繊細に描写していく作風で知られております吉村昭氏(昭和2年生)が手がけました「光る壁画」です。胃カメラ(Gastro Camera)の開発に挑んでいく男たちの生き様を臨場感溢れるタッチで綴った作品に、その時代にタイムスリップしていくかのように引き込まれてしまいます。
 今日の健康診断では当たり前のように使われております胃カメラの開発に向けた挑戦は国内外で数多く試みられてきたようですが、世界で最初に成功したのはなんと日本人チームでした。発案者は、東京大学医学部附属病院分院の若い外科医で、患者に苦痛を与えずに胃の内部の病変を発見するための医療機器を開発したいとの強い思いに駆られ、オリンパスの技術者やレンズづくりの職人たちの協力を得ながら、開発を推し進め、成功にたどりつくわけですが、失敗を繰り返し、挫折を味わいながらも前向きに挑戦していく人たちの心模様を描いた人間ドラマです。
 失敗したところで止めてしまうから失敗になる。成功するまで続ければ失敗は起こり得ません。しかしながら、大きな壁に何度も何度もぶつかれば、つい弱音を吐いて逃げ出したくなります。決して諦めない無限の探究心を持ち続けることは、JISSが更に発展していく上での重要な示唆を含んでおります。
 二つ目は、経済界を題材にその裏側で悩み葛藤する企業戦士の生き様を数多く手がけてきた高杉良氏(昭和14年生)の「祖国へ、熱き心を」で、一読に値します。
 この作品は、1964年の東京オリンピックを日本に呼んだ男、日系二世のフレッド・イサム・ワダ氏にスポットを当てた物語で、戦後の日本スポーツ界が国際舞台に復帰していく過程やその際に尽力された方々の苦労話が詳細に書き下ろされております。
 第1回のオリンピック(1896年・アテネ)が開催されてから一世紀以上が経過しましたが、この間に第6回(1916年・ベルリン)、第12回(1940年・東京)、第13回(1944年・ロンドン)が、第一次、第二次世界大戦のために中止に追い込まれております。また、戦後初の開催となりました第14回(1948年・ロンドン)のオリンピックは、残念ながら日本の参加は認められませんでした。
 こうした状況下で日本スポーツ界が国際舞台に復帰していく原動力となったのが1949年にロサンゼルスで行われました全米水泳選手権でした。戦後海外への渡航もままならない中で、日本水泳界の熱い思いが渡米への道を開かせます。この時にロサンゼルスでの日本選手団の受け入れに奔走されたのがワダ氏でした。今も語り草になっておりますが、この大会で古橋、橋爪選手らが大活躍し、世界新記録のアナウンスがプールサイドに流れ、現地の報道は日本選手団を「フライング・フィッシュ・オブ・フジヤマ」と称して絶賛しますが、この快挙を裏方として物心両面から支えていたのがワダ氏を中心とする日系の皆さんでした。
 この大会を通じてのワダ氏とのご縁はその後も日本スポーツ界との絆を深め、東京オリンピック招致へと繋がりました。1964年の東京オリンピック開催は、平和を目指す日本の姿を世界に発信していく上で大きな役割を果たしました。この東京招致に粉骨砕身されたワダ氏は、一民間人でありながら日本国からの特命を受け、雌雄を決するといわれておりました中南米10カ国を行脚し、IOC委員や政府関係者に日本への支援を訴え続けました。1959年5月26日、ミュンヘンで行われましたIOC総会において東京は、一回目の投票でデトロイト、ウィーン、ブリュッセルを破り、アジアで初めてのオリンピック開催を実現することになります。ワダ氏の祖国への熱い思いが通じた瞬間でした。
 領域は異なっても、未知の世界に手探り状態で入っていく、苦境に陥っても根気と地道な努力を積み重ねながら切り開いていこうとする生き様に感動を覚え、車両の揺れに眠気を覚えながらも最終章までのページをめくっております。

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