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スポーツ医科学最前線

第29回  トリノオリンピック医学サポート

 

奥脇 透(スポーツ医学研究部)



 「あっという間のトリノだった。」これが帰国中の機内で感じた思いである。振り返ってみれば、前回2002年ソルトレークオリンピックは、前年10月に JISSがオープンして間もなくのことであり、派遣前のメディカルチェックは行ったものの、ほとんど関与することなく終わった。しかしその直後から、 JOC専任ドクターの大西、高尾両先生(以下Dr)に声をかけられ、2006年のトリノに向け、日本選手団が最高のパフォーマンスを発揮できる医学サポー ト体制を築こうと一歩を踏みだした。

 ソルトレークでは、競技団体の医学サポートを尊重したものの、種目ごとにサポート内容が異なり、またメディカルスタッフの間にも活動意識に格差が認めら れたとの反省があった。そこでトリノでは、競技団体強化スタッフやメディカルスタッフと事前に調整を図り、メダル獲得の共通認識と継続性を持った医学サ ポートを組織して、少数でより深いサポート活動を行う方針を立てた。そのためコンディショニングを重視して、競技種目ごとに、本部Drと連携して活動する トレーナー(以下Tr)を帯同することを各競技団体に説明して回ることから始まった。そして冬季担当のJOC専任Dr(高尾、大西、向井)、専任Tr(片寄、増田)とともに、JISSでのメディカルチェックとフィードバックを通して、選手の健康管理、コンディションチェックを行ってきた。また、競技団体の 医学および強化スタッフと協議して、協力体制の構築を呼びかけ、それぞれが国内外の競技現場に足を運んで調整を行ってきた。

 JISS内でもトリノに向けての医学サポート体制として、私の他に松田(理学療法士)、柳澤(管理栄養士)、菅生(メンタルトレーニング指導士)に入っ てもらった。とくに2005年2月には、トリノ対策特別プロジェクトとして、プレオリンピックとFIS世界選手権大会が行われたイタリアとドイツに赴き、 オリンピックの支援体制構築に必要な調査・視察を行った。第一の成果はJISS内ではなく海外の遠征地で、競技団体の強化現場との連携が図れたことであ る。

 気が付いたらオリンピックが目前に迫っていた。今回の本部Drは、大西、向井、私が、本部Trは片寄が担当した。高尾Drはスケート連盟に所属し、各種 目にも専属のTrを推薦してもらい、事前のミーティング(図1)ではチームジャパンとして連携していくことを確認した。

 大会前、大会中のメディカルスタッフの業務は表1に挙げたとおりであり、とくに今回はスタッフ間の連携を密にすることに重点を置いた。私が担当した、セ ストリエール地区にはスキー競技とソリ競技の7団体が、バルドネッキア地区にはスノーボード、フリースタイルおよびバイアスロンの3団体が入村した。これ を大西(内科医)と私(整形外科医)を中心に、コンディショニング・スタッフとして、それぞれの団体の選出したTrが各1名、さらにスノーボード所属では あるものの全体にかかわるTr1名(増田)それにトリノ地区に入村しているものの全地区を担当する本部Tr(片寄)でサポートした(表2)。


図1. 	事前のメディカルスタッフ会議
   

 
 実際に私は両地区を、組織委員会の用意した専用車やバスを使って往復(片道50分程度)しながら、診察や治療を行った(図2)。コンディショニングにつ いては、ソリ競技には専属スタッフがいなかったので、前半はスキー競技のTrに協力してもらい、後半は増田Trにバルドネッキアから移ってもらい対応し た。それぞれのスタッフは事前にミーティングを行っていたこともあり、スムーズに協力しあうことができた。また今回の派遣前チェックは比較的較的早期(8 月、9月)に行われたため、それ以降の外傷・障害の状況については、各競技団体のTrと事前に打ち合わせしておく必要があったが、その点では、スキー関係 では11月中に顔合わせができ、その後に情報のやり取りができたので大変よかった。

 大会を通じては、細かい不満はあったもののドーピングに関してはとくに問題なく、幸い大きな外傷もなく済んだことがなによりであった。しかし腰痛が原因 でパフォーマンスに影響が出たケースがいくつかあり、とくにオリンピック直前の練習で痛めたまま入村してきた選手への対応には苦慮した。またモーグルや ハーフパイプといった転倒による衝撃が強い競技が、前半戦に多かったため、当然のことながらバルドネッキア通いの日々が続いた。ヘリコプターでトリノ市内 の病院まで同乗したのはこのときだった。結局スキー競技では最後までメダルの獲得がならなかったが、ご存知のようにアルペン男子回転では、8位以内の入賞 が2人となり、史上初めての快挙となったことをみても、選手達のがんばりは相当なものであった。このような現場に立ち会うことができ、大変光栄に思った (図3)。

図2. 	大会中の診察風景
 
図2. 大会中の診察風景
表1. オリンピック帯同ドクターの業務
 

大会前
事前合宿、調査への帯同
監督会議への参加(医学サポート体制の説明)
プロブレムリストの確認作業
携行医薬品の準備
メディカルスタッフ会議の開催とスタッフ間の連携
医務室、トレーナー室運営形態の検討

大会中
メディカルエリアの設置(要事前予約)
選手の持参医薬品の再確認と医薬品の管理
選手・役員の診療
ポリクリニックの利用法確認と訪問、搬送病院の確認
各種メディカルミーティングへの出席
ドーピングコントロールへの対応(TUE提出等)

図1. 	事前のメディカルスタッフ会議
 
図1. 事前のメディカルスタッフ会議
 

 

 



 私にとっては、初めてのオリンピックへの参加となったトリノ2006であった。今回活躍した選手の多くは、冬季競技という特殊性を持ちながらも、コン ディショニングや診療でJISSをよく利用してくれていた。海外遠征の間に帰国した際は必ずクリニックに寄ってくれた選手もいた。このようなアットホーム 的な環境作りがJISSのクリニックの持ち味であり、今後もみんなで選手をサポートしていけたらよいと思っている。ただ、まだ多くの問題を抱えており、そ れらを反省しつつ、冬季では2010年のバンクーバーに向けて、さらに競技現場との連携を強めながらサポートして行きたい。

 最後に今回、留守をお願いした皆さんに感謝して締めくくりたい。


※本文は「国立競技場」平成18年5月号に掲載されたものを転載しました。

図3. 	日本選手が活躍したアルペン会場
 
図3. 日本選手が活躍したアルペン会場
 

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