JISSのスタッフ、勤務経験者がJISSでの仕事を紹介します。

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投稿者: ex- worker
2013/11/20 15:47

桑井 太陽(スポーツ医学研究部 契約研究員、2002~2006年在職)

現職 :
①㈱サンイリオス・インターナショナル代表取締役
②サンイリオス桑井鍼灸治療院
③緑園ゆきひろ整形外科クリニックリハビリテーション科
④JISS非常勤職員
専門領域 : スポーツコンディショニング(特にアスレティック・リハビリテーション、鍼灸マッサージ治療)
最終学歴 : 東京衛生学園専門学校リハビリテーション学科

桑井太陽 

 

現在の職務内容

 現在は、大きく分けて3つの仕事をしています。まずは、院長として鍼灸治療院を開業していて、一般の方からアスリートまで対象を広く鍼灸マッサージ治療を行っています。2つ目は、理学療法士の資格を生かして、病院内の整形外科のリハビリテーション科に勤務しています。ここは病院内の一般整形外科なので、一般の方からアスリートまで、特に整形外科疾患の患者様に対して理学療法を展開しています。3つ目は、現場のアスレティックトレーナーとして、特に競泳の日本代表チームのトレーナーとして、海外遠征に帯同したり、国内合宿や通常練習のサポート業務を行ったりしています。この3つが日々の業務の大きな軸です。

治療院と病院勤務では、一般の方はもちろんですが、アスリートに対しての治療も数多く行なっています。治療院では、スポーツ障害の治療、あるいはスポーツ障害を予防するための疲労回復のコンディショニングのために鍼灸治療を行っています。病院では、整形疾患スポーツ外傷・障害の患者様が多く受診する場所なので、JISSでは受診できないような選手に対応することも多いです。また、治療院では対象をアスリートに限定せず、一般の方にも対象に行っています。私の活動の基準は、一般臨床をベースにしてアスリートを診る、としています。自分の中の基本的なベースとして「一般の人を触れずしてアスリートを変えることはありえない」と考えているため、幅広く鍼灸治療を行っています。

競泳スタッフとしての活動は、2001年から日本代表チームのトレーナーをさせてもらっています。キッカケは15~6年程前からセントラルスポーツの競泳チーム(トップチーム)のトレーナーをさせていただいていて、そこの選手・コーチが日本代表であったことから、彼らが、私を日本代表のトレーナーに推薦してくれたことをキッカケに、代表のトレーナーになることができ、それから現在まで関わらせてもらっています。

学生時代(現職を志した経緯等)

学生時代は、中学生の頃からトライアスロンをやっていて、トライアスロンの競技の中で、自分自身がいろいろな怪我を負いました。その際、自身がリハビリや鍼灸マッサージを受けたという経験が、現職を志した根底にあります。この時の自身の体験から、今の仕事を意識するようになり、学生時代は自分の体験を仕事に生かす、その基盤となる時間だったと思います。

高校の次の進学先として、最初は鍼灸マッサージの専門学校に行き、そこから鍼灸の資格をとってトレーナーになりました。理学療法士になったのはそれから少し後で、まずは鍼灸マッサージとアスレティックトレーナーの資格を使って現場でトレーナーの経験を積み、その過程で理学療法士の資格を取得しました。

JISSで働く前の社会人経験

最初は、実業団のバスケットボールチームであるJBL日本バスケットリーグの三井生命のバスケットボール男子チームのトレーナーをしていました。そのチームが廃部になった直後に、Jリーグの横浜FCから声をかけていただき、3年間Jリーグのトレーナーをさせていただきました。横浜FCにいた頃は、チームの専任で仕事をさせてもらっていましたが、競泳のセントラルスポーツのトレーナーも兼任していました。実業団のバスケットチーム、Jリーグ、そして日本代表競泳チーム(競泳のセントラルスポーツ)、そんな経緯があります。

なぜJISSで働こうと思ったのか?

JISSの存在は昔から知っていましたが、当初は私が入れるようなところだと思っていなかったので、自分がJISSで働くというイメージは全くありませんでした。しかしいくつかの競技の選手のコンディショニングに関わる中で、競技復帰に関わる仕事というのは非常に興味があるなということを意識しました。そこにちょうどJISSの公募の話があったので、受けてみたわけです。

JISSでの業務内容

私は「水もの担当」と言われていて、競泳、水球、飛込み、シンクロ、あとは陸上の長距離等、いわゆる“タイム競技”の選手を多くサポートさせていただきました。時にはサッカーや柔道の選手もサポートさせていただきましたが、各スタッフに対してある程度専門分野を決めて業務を行っていました。

私が入った当初は第1期のチームだったため、研究テーマも全体で模索する段階でした。当時はまだ外に対して何かを発信できる段階ではなく、JISSの組織の中のリハビリテーションのチームとして、業務が円滑にまわっていくようなチーム作り・業務作りに参加させてもらったという印象があります。まずは組織作りを固めていく中で課題を見つけ、それを研究につなげるという流れであったため、当初は研究という意識よりは、リハビリの業務が上手く提供できるように、立ち上げの第1期のスタッフとして業務に関わっていきました。

また、出張で海外遠征に帯同することも多く、代表チームの遠征に帯同できたことは大変貴重な経験となりました。遠征先の業務は、JISS内での業務のように「モノが揃っていてスタッフがいる、ソフトもハードも充実している」といった建物内の環境とは異なります。モノがない、人がいない環境でも選手のコンディショニングを最高にもっていかなければいけない。それがスポーツ現場と建物内の業務との違いです。しかし、JISSでいろいろな競技の選手のサポート経験を積むうちに対応力がつくもので、スポーツの現場に行けば大変なことはありますが、そのような時こそ、普段JISSの業務により鍛えられているなという実感がありました。遠征先でも決して質を下げることなく業務を遂行できるよう、常にJISSでの業務で訓練されていると感じました。




JISSで心に残っていること

たくさんありますが、まず一つに私のいまの治療院のスタッフに、鍼灸マッサージ・アスレティックトレーナーを持っている元飛込のオリンピック代表選手がいるのですが、その選手とはJISSで知合っています。要するに私がJISSでサポートした選手が、私と同じ業界であるトレーナーの資格を取って、今一緒に働いているということです。ですから当時サポートしていた選手から目標のトレーナーとして見てもらえていた、それも一人ではなく二人いるのですが、そういうトップアスリートのセカンドキャリアにこの仕事を選んでもらえたことはJISSにいたからこそだと思いますし、トレーナーとして大変光栄に思います。

また業務外では、科学研究部のスタッフと知り合えたことはとても大きかったです。我々の仕事は職域が専門領域すぎるので、付き合いがどうしてもスポーツ医学スタッフに限定されてしまいがちですが、科学研究部のスタッフと仕事をしたり、飲みにいったりできたことは非常に良かったです。アスリートサポートの目的は一緒ながらも、他分野である彼らと話しながら情報共有・情報交換をできたことはすごく貴重な体験でした。

JISSの仕事を通して得たもの、成長したこと

理学療法士(PT)になろうと思った動機は、JISSに入ってからPTである松田先生と当時同期入職した富永先生等、仲間の影響を大きく受けたと感じています。以前からなりたかったPTにやはりなろうと決意できたのも、JISSで働けたことがキッカケです。また、他分野の科学部スタッフとともに競泳選手をサポートすることもありましたが、このような他分野のスタッフと連携して選手をサポートすることで、選手をサポートする上で本当にいろいろな分野のスタッフの協力があるんだということを肌で感じられ、とても良い経験になりました。

また、トップアスリートの意識を肌で感じられる環境だからこそ学んだこともあります。例えば、選手が怪我をしてマイナスの状態からさらにハイパフォーマンスに持っていく、そのプロセスに間違いがあってはいけないですし、目的が明確であるからこそ、我々がやるべきことにもブレがあってはいけない。より正確に仕事をしていく必要性を強く感じました。一般の人ですと怪我から復帰までの時間軸にゆとりがあるため、緩やかにモノを考える場合がありますが、できるだけ最大限に、効率的に、効果的に成果を上げていくという考え方はJISSのトップアスリートのサポートの中で学んだことになります。

JISSで働くことを希望する人に対するメッセージ

トレーナーの中でもJISSで働ける人はごく少数になりますが、私がJISSで経験した貴重な体験を自分のモノだけにするというのは非常にもったいないと思っているので、一人でも多くの人にチャレンジしていただいて、トレーナーとしてトップアスリートのサポートを経験してもらいたいという気持ちがあります。ただ、数多くのアスリートを支える仕事の中でも、我々は直接選手と関わる仕事なので、あまりミーハーな気持ちで来るのではなく、プロ意識を持って挑んでほしいと思っています。自分のプロフェッショナルな能力をどのように選手に還元していくのか、そういったことを冷静に考えられるスタッフであれば、JISSで仕事ができると思います。大事なのはプロ意識を持つことで、そうすればすごくいい仕事ができると思います。

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