JISSのスタッフ、勤務経験者がJISSでの仕事を紹介します。

01 09

投稿者: ex- worker
2013/01/09 17:12

スポーツ振興事業部 事業企画課 契約職員
2004年10月から2007年3月 JISSスポーツ情報研究部 契約研究員


現在の所属、業務内容 
第3期toto事業に向けて、2010年からtoto販売システムを刷新するプロジェクトに参加しています。2013年シーズンからtoto事業は13年目に入り、第3期として新スタートを切ります。それにあたり、販売力増強とサービス向上、
運用経費
の削減をめざして、システムを刷新しているところです。
スポーツ振興の安定財源を確保することは、スポーツ界にはもちろんですが、日本の財政事情にも寄与することになります。日本の平成24年度のスポーツ関連予算は238億円(文部科学省『平成24年度予算』より)ですが、諸外国のスポーツ関連予算は以下のようになっています。(文部科学省『諸外国および日本におけるスポーツ振興施策等に関する調査研究』より)
英 1054億円 (2008年)、独 245億円(2008年)、仏 930億円(2010年)、カナダ 127億円(2008年)、韓国 2200億円(2008年)、中国 2460億円(2008年)、オーストラリア 254億円(2010年)、米 115億円(2009年ただし米には公的な振興予算はない)。
また、オーストラリア、カナダ、ドイツ、韓国、中国にはスポーツくじがあり、その収益からスポーツ振興助成がなされています。
ちなみに平成24年度の文部科学省予算のうち、たとえば文化芸術関係予算は1074億円、科学技術予算は1兆791億円です。スポーツ予算は文化芸術や科学技術の国の予算に比べれば少ないのですが、平成24年度はマルチサポートを含むナショナル競技力向上プロジェクトという新規プロジェクトに32億円の予算が付くなど、国民のスポーツに対する支持を示しているものだと思います。国民の税負担を減らしつつ、計画的にスポーツ振興を行うために、これからもtotoの収益が重要になってくるでしょう。
その中で私の業務は、toto販売端末の開発を担当しています。その端末は2013年シーズンから全国の特約店と信金で運用されるtoto専用の販売・照合用端末で、2012年シーズンまで使われていた端末から格段と機能と性能が向上しています。これを含めた新システムによって、お客様にとってはよりtotoが買いやすくなり、
日本スポーツ振興センター(以下、「JSC」という。)
JSCの運用経費削減にもなります。
JISSでの所属、業務内容 
JISSではスポーツ情報部研究部で契約職員として、主に選手身体測定データシステムの開発のプロジェクト管理を行いました。私を含めた契約職員3人で、システム設計、データモデル作成、先行的な実装やユーザーテストを行いました。
それ以前に使っていた古いシステムは、レスポンスが実用に耐えられないほど遅くなっていました。そのためリース期限がきれるのを機会に再構築することになりました。そのときに情報研究部で相談し、設計と一部の実装を内製化し、サーバー・ハードウェアを新規購入して、構築したアプリケーションはソースコードを含め買い取り契約にすることにしました。その結果、契約職員の人件費やテスト用ハードウェア費を含めても、4分の1以下の経費で完成しました。
私がJISSに入りたかったきっかけは、スポーツは社会を変え、イノベーションを起こすことができると思ったからです。私が1998年の長野冬季オリンピックで、オリンピックの競技結果システムの開発と運用を行っていた時のことです。ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の選手が参加することになったのですが、インターネット制作チームを初めシステム担当者は、システムへ入れる国旗の画像が手に入らず大変でした。外務省に問い合わせてもわからないとのこと。
ボスニアは旧ユーゴスラビアが分裂したあと、1991年から1994年まで内戦状態にあった国です。当時は日本でも自衛隊のPKOへの派遣の道を探っていたのですが、内戦状態での協力は間に合いませんでした。1995年には和平は成立したものの、1998年初めにはまだ国際的に通用する国旗が決まっていませんでした。長野オリンピックへの招待状を受け取ったボスニアは開会式の3日前に国旗を制定し、2月7日の開会式で世界がその国旗を始めて目にしました。1995年にはボスニアは、欧米十数カ国からなるNATO軍から空爆を受けていました。もし欧米でオリンピックが開催されていたら、ボスニアの選手はオリンピックに参加しただろうか。日本はPKOに自衛隊を派遣できませんでしたが、ボスニアの融合に貢献できたのではないかと思いました。スポーツイベントには世界を平和にする力があります。

記憶に残る大変だったこと
それまでは、公的機関の発注者側としてシステムを発注したことがなく、入札仕様書などの書き方から学ぶ必要がありましたし、JSC(当時NAASH)の購入の仕方から異文化でしたが、開発の課程でスポーツ科学研究部の皆さんや運営部の皆さんの協力をいただきました。当時のJISSの運営部にはご苦労をかけましたが、機敏な対応で臨んで頂き感謝しています。
当時はJISS設立当初に納入されたシステムベンダーのハードウェアとアプリケーションが入っていました。改訂するにあたってはシステムベンダーに一括開発委託すれば安心です。しかしあえて、ハードウェアも別調達にして、設計と開発の一部を自家製で行いました。そうすると完成責任はJISSにあります。開発段階途中で発生する偶発的なリスクには、JISSのコストで対応しなければなりません。このコンティンジェンシー・プランというものを理解してもらうのが、難しいようでした。使わない可能性のあるものは、買えないわけです。リスクが顕在化してからでは遅いから、用意しておくわけなのですが。調達と同じで最初に決めた金額さえ出せば、月日が満ちると確実にできてくるものだと思われていたのかもしれません。

自分のためになったこと
JISSに勤務している間は、スポーツ関係、医学関係、情報関係という多様性にめぐまれた環境で働けたのは、自分にとって大きな意味を持ちました。IT関係以外の分野の研究を身近に見ることができ、視野が広がりました。日本の競技力向上というひとつのテーマに関して、これだけ切り口の多い方法があるということに気づきました。
経済学者のシュンペーターは、イノベーションを「新結合」と呼んでいます。今までになかった新たな組合せを実現することがイノベーションです。それには多様性を認めあい、失敗に寛容でなければなりません。ビジネスや行政と同様、スポーツ事業やスポーツ研究は発見的作業なので、毎日同じ作業を続けていくのが仕事というものではありません。また、すべてを知っている人がいるわけでもマニュアルが存在するわけでもありません。プロジェクトはすべて一回限りの一発勝負です。それを完成させるには、絶対できるはずという、良く言えば信念ですが悪く言えば根拠なき自信が必要です。発見的なプロジェクトでは、できると思ってやらないと偶然に遭遇した小さな兆候に気づかず、目標を可能にするせっかくのチャンスを見過ごしてしまいます。
1964年の東京オリンピックをきっかけに日本は新幹線と高速道路を作り、その後の高度成長の礎になったことは誰もが知っています。しかし、それだけではありません。その時SEIKOが世界で初めてクオーツ時計を使っていくつか競技の公式計時を行いました。当時、スイス時計工業の精密技術は圧倒的でした。SEIKOがクオーツ時計の精度を世界中に知らしめたこの大会がなければ、その後日本製の時計が世界市場を席巻するのにもっと時間がかかっていたでしょう。それまでは時計は一生に何個買えるかくらいの貴重品でしたが、以後ありふれた日用品になっていきました。また、日本IBMが世界で初めて、オリンピックの競技結果配信をオンライン化しました。この後日本で銀行のオンライン・システムが普及していきました。NHKはマラソンコース全体にテレビカメラを配置し、世界で始めてマラソンを途切れなく中継しました。長野オリンピックでは、競技映像のVOD(Video On Demand)が提供されました。今は当たり前になったサーバー型放送、すなわち動画のネット配信です。また、インターネット・オリンピックと銘打って競技結果やニュースサイトを立ち上げ、インターネットの普及に一役買いました。このようにしてオリンピックをきっかけにして、潜在的なイノベーションが開花し、次の時代を作っていきました。スポーツイベントはイノベーションを世に出す力があります。

JISSの仕事のやりがいは?

一流の選手達に一流のサポートを行う、あるいは、その元となる研究や開発を行うことは、JISSでの大きなやりがいです。一流を目指すというのは、自分独自の理論や手法を発見しなければなりません。他がこうやっているとか、誰かがやってうまく行っているということをまねしても、2位にはなれても1位にはなれません。それを自分で考えて実践まで通して行えることは、JISSでこそのやりがいではないかと思います。企業や官公庁とは違い研究施設であり事業施設でもあるJISSでは、研究、開発、運用のすべてが体験できます。またそこに様々なバックグラウンドや専門分野を持った人たちがいて多様な影響を受けられることは、若い研究者や技術者にとっては得がたい経験となると思います。
これまでまったくスポーツとは関係がないと思っていた分野であっても、まだ我々が気づいていないだけで、スポーツに貢献できる分野はたくさんあります。かくいう私もコンピュータ会社のプログラマとして社会人をスタートしました。その途中でアトランタと長野オリンピックの競技結果システムの開発に加わったことをきっかけにして、スポーツITの世界に足を踏み入れました。まさかスポーツとITが結びつくなんて思われていなかった時代です。その後、ソルトレークでスポーツ結果情報とXMLを結びつける仕事をすることができ、インターネットや放送でスポーツ系の情報システムの構築をしました。
心理学や栄養学はもちろんのこと、映像技術や情報技術もスポーツになくてはならない分野になったように、多くの異分野の知識が結合してスポーツ科学が進展していくでしょう。たとえば、ブラッド・ピットが主演した「マネー・ボール」で紹介されたセイバー・メトリックスは有名になりました。これからは流体力学や機械工学やもスポーツ用具の開発には必要でしょう。経営学の分野なら、イノベーションの管理法やスポーツマネジメントもスポーツには有用です。すぐにスポーツに関連しない分野であっても、自分の専門分野を持ちそれに深く打ち込んで専門性を極めれば、自分の力でその専門分野をスポーツに結びつけることができると思います。
スポーツ選手へのサポートを通じてまた自分の専門性を使ってスポーツの未来を変え、スポーツの力を使って世界を変えることができると信じて研究できるのが、JISSの仕事のやりがいだと思います。

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