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スポーツ医科学論壇

第14回『「ポパイのほうれん草」はあるの?


田口 素子(スポーツ医学研究部)

 

はじめに

 「スポーツ栄養」というと、とかくトップアスリートを対象とした栄養・食事サポートに眼が向けられがちであり、その成功例だけがとりざたされる傾向があ る。しかし、本当に大切なのは、日常の食生活と食習慣をどのように整えるかということである。

食生活の変化

 ある長距離ランナーに「みそ汁は必要か?」と訊かれたことがある。できれば食べたくないというニュアンスが感じられた。10代~20代前半の若い選手た ちの食生活をみていると、みそ汁、漬物、おひたし、煮魚、煮物といった日本古来の伝統食が好まれていないことがわかる。みそ汁は具だけすくって食べ、汁は 捨てる。おひたしは味がないからと言い、煮魚や煮物は食べ残しが多い。

 家庭でも子どもが好まないこれらの料理の頻度は低くなりがちで、鍋よりもフライパ ンひとつでできる洋風メニューが中心となっている様子がうかがえる。 欠食したり簡単なものだけで食事を済ませてしまうことや、コンビニなどで弁当や惣菜を購入してくるなど家庭内外食の機会も増えている。そのため、栄養的に 鉄や亜鉛などのミネラル類や、ビタミン類が不足傾向にあり、その結果として、疲れやすい、だるい、貧血、練習についていけないなどの体調不良を訴える選手 が大変多いのが現状である。

 一方で、サプリメントやドリンク剤などをとれば安心とばかりに、何種類かのものをむやみに摂取する選手も多い。かつての栄養不足の時代から栄養過剰の時 代へと移行したことを反映して、厚生労働省は日本人の栄養所要量‐食事摂取基準‐のなかに栄養素ごとの許容上限摂取量を策定した。栄養は少なすぎても取り すぎても、健康上弊害があるということである。

スポーツにおける栄養の意義

 人は食べなければ生きていけない。活動に必要なエネルギー源を確保し、適切な栄養摂取をすることにより、健康を維持・増進することができる。多くの指導 者や選手は、競技力向上に直結する栄養成分や食べ方に期待を寄せるが、「ポパイのほうれん草」はどこにも存在しない。

 アスリートの食事は競技力向上のためだけでなく、スポーツに伴いやすい主々の障害を予防し、常に健康なからだと良好なコンディションでトレーニングや競 技に参加できる状況を作るために、非常に重要である。そのため、まずは栄養の基礎知識を学び、いつ・なにを・どのように食べるのか、目的や競技特性に応じ た食事法などの技術も身につける必要がある。食生活の自己管理がきちんとできるということも、いまやトップアスリートの条件のひとつといえよう。

自己管理能力の育成をサポート

 ところで、国立スポーツ科学センター(JISS)には、栄養指導の機能を持った国内初のアスリート向けレストランがある。選手はただ食事をとるだけでなく、選手としてふさわしい食事かどうかの評価と指導がすぐに受けられる体制となっている。

 JISSレストランでは、さまざまな体格や種目特性を持つ選手たちが各自の目的や体調に合う食事が取れるように配慮をしてある。国際大会のレストランで は、料理を各自が選択するカフェテリアまたはバイキング方式で食事提供されるため、JISSレストランでも同じ方式をとっている。すなわち選手は、各自の 体格や消費エネルギー、目的などに合わせて、ふさわしい食事を選択する能力を養っておかねばならないことになる。

  そのための手助けのひとつが栄養表示だ。JISSレストランではすべての料理に栄養表示をすると同時に、栄養的な特徴を示すわかりやすいマークをつけ、栄 養素と料理・食品が結びつくようにした。また、エネルギー量と見た目のボリューム感のイメージを一致させられるよう、エネルギー別のとり方例を示してあ る。さらに、栄養バランスの評価がその場でできる栄養チェックシステムを導入した。選択した料理と分量をタッチパネルで入力すると、その場で栄養バランス が表示できるようになっている。必要があれば、管理栄養士によるアドバイスや個別相談を受けられるようになっている。また、栄養セミナーや調理実習、栄養 チェックサービスなどのサポートも受けることができる。このように管理栄養士は、選手の自己管理能力育成をバックアップすることを目標としてサポートして いる。

ジュニア期が大切

 しかし、シニアの選手に対して栄養教育や指導をしても、なかなか食習慣を変えることは困難である。図に示したように、食習慣の形成にとって大切な時期は 幼児期から思春期にかけてである。したがって、この時期にいかに食育をしたかにより、その後の食習慣に大きく影響を及ぼすことになる。

食生活における社会環境の影響 [臨床栄養 84(6),675,1994より]

 食教育の多大な部分を担うのは、保護者である。保護者の食に対する姿勢やしつけは、子どもの心身の健康状態に大きく影響する。成長期の子どもを持つ保護 者は、スポーツ教室や塾に通わせることには熱心であっても、頭やからだを動かす元になる食事には無頓着ということがよくある。「うちの子は好き嫌いはあり ません」というが、子どもの嫌いなものは作らないこともあり、偏食がちの子も多い。一方で、冷蔵庫には炭酸飲料のペットボトルが並び、間食はスナック菓子 やチョコレート菓子ばかり。

 オリンピックでメダル獲得数を増やすためには、ジュニアのうちから基礎的な栄養知識とからだ作りのための食べ方について学ばせる機会を持つべきである。スポーツをする子どもの食生活におけるコーチは、母親なのである。

おわりに

 競技力向上のためにきちんと食べることが大切であることは言うまでもないのだが、ただ栄養素が取れればよいというのでは餌でしかない。食事は「おいしく て楽しいもの」であるべきだ。適正な食習慣を身につけることは、生涯にわたる健康づくりのために宝となることだろう。

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